【第918回】 △○□と魂

魂は神であり、神の業は魂の業であると書いた。魄の稽古や息・気での技づかいでは己の心が関わっているが、魂の業になれば己の心を超越した心、真の心、つまり神=魂が業を生んでくれることになるわけである。これが合気道が追求している最終的な合気のわざであると考えるので、これからはこの魂の業、神の業を追求していくつもりである。つまり、大先生が云われる「魂の学び」である。

故に、神様(魂)に働いて頂くわけだから、神様が働きやすい環境を用意しなければならない事になる。
それでは、神様が働きやすい環境とはどんなものか?、ということになる。 合気道は科学であるから、環境条件が同じならば誰であっても同じ結果を出るはずである。故に、その環境条件は複雑でなく、単純であるはずである。そして合気道は魂の学びであると教えておられる開祖は、それを何かの分かりやすい形で教えて下さっているはずである。つまり、我々が新たに見つけたり、つくる必要がないということである。しかもこれまで稽古し、研究してきたモノの中にあるはずである。

その結果、その環境条件のひとつは△○□であろうと考えた。
まず、我々が修業している合気道を大先生は、「合気道とは大自然の絶対愛を基として、体を△に象り、○を中心に、気により△□の変化と気結び、生結びを身体に表わし、生み出しつつ気魂力を養成し、皆空の心と体を造り出す精妙なる道である。」と、△○□で身魂を養成していかなければならないと教えておられる。△○□で技をつかっていけということである。

それでは何故、△○□でなければならないのかということである。他の形、姿では駄目だという事である。その理由は神様の営みの姿・形でなければならないからであると考える。神様の営みと同じであれば、神様は営みやすく、動きやすくなるはずであるが、そうでなければ働いてくれないか、働きづらいだろうから、神の業が出ないはずである。

また、大神の営みの姿が一霊四魂三元八力であるという。一霊とは「ス」の大神様である。四魂は奇靈荒霊和霊幸霊の四つの働きを持っており、△奇霊、荒霊は△、和霊は○、幸霊は□である。三元とは四魂のはたらきから剛柔流の働きになる。この働きの生霊△、足霊○、玉留霊□の働は△○□なのである。

では何故、技は△○□でつかわなければならないのかと考えたかというと、それは『合気道の体をつくる』「第918回 三角法・三角体」で書いたように、三角法・三角体で技をつかうと上手くいったことである。三角法・三角体ではこれまで以上の力が出るし、気が出るようになった事である。特に、正面打ち一教はこの△法・三角体でないと上手く出来ないのである。そこで△の重要さが実感できたわけである。
しかしながら、△の三角法・三角体で正面打ち一教、片手取り呼吸法、正面打ち入身投げ等をやってみると、△の三角法・三角体で出来るのは出来るのだが、まだ完璧と云う実感が持てないのである。
そこで△があるなら○と□の△○□で完璧になるはずだと考えたわけである。

そして正面打ち一教と片手取り呼吸法を△○□でやると力も出るし、気も出、そして上手く収める事ができるようになってきたのである。 つまり、下図の形に技と体をつかうのである。

しかし、一つ問題が発生した。それは正面打ち一教(右半身)で右手を出し、次に左手を出して相手の二の腕を制するわけだが、右手(主軸)と左手での△、そして左手(主軸)と右手でまた△の二つの△ができる事になる。つまり、△が下図のように△△となってしまう事である。
この問題も含めて、△○□にはまだ謎がありそうだ。謎とは秘宝であり、教えであるから、何とか解明したいと思う。それを次回の研究論文で挑戦することにする。