【第540回】  新しい思想・哲学

今、世の中は国どうし、宗教どうし、また、新たな勢力であるISという組織による、人類最大の争いである戦争で死闘を繰り広げている。
これまでの戦争は、金があり、技術を伴った武力と兵力がある方が勝利を収めてきた。それは経済の世界でも同じであり、それ故、国も企業も個人も先進技術を開発し、経済成長を計っている。そしてそれが国を企業を人間を幸福にすると信じてきた。

悲惨な事件も国内外で増えてきている。人を殺す殺人が、ほぼ毎日のようにテレビで報道されている。
高級車に乗り、立派な家に住み、高級品を身に着けている人が増えており、豊かな社会になったようだが、食べることもままならないような貧困層も増えている。多くの食べ物が余って破棄されている時代に、一方では飢えている人たちがいるという、二重構造社会である。貧困層と金持層の二極化はますます大きくなるようである。

これまではこれらの問題を、努力や力等でなんとか解決してきたが、最早、これまでの解決策は通用しなくなってきているのである。例えば、これまでは「金持ちになれば幸せになる」「豊かになれば誰もが幸せになれる」「死にたくない」「少しでも長生きしたい」ということを前提にしてきたが、最早、この前提は徐々に崩れてきているようだ。その好例は、ISであろう。彼らは死を恐れないどころか、死ぬ方が神のそばに行け、幸せになれると、喜んで死に飛び込んでいっているのである。死を覚悟して行動するほど怖いことはない。彼らを、殺すぞと脅しても、それは最早、今までのようには通用しないのである。

京都大学名誉教授の佐伯啓思先生が、「今日、西洋の思想や科学が作り出したこのグローバルな世界は、ほとんど絶望的なまでに限界へ向けて突き進んでいる。新たな技術を次々と開発し、経済成長に結びつけることで人間の幸福を増大できる、という西洋発の近代主義は極限まできている。」と言っているように、今の世界はまさに末期症状である。

この末期症状にある世界、人類を真の幸福に導かんと、世界中の多くの政治家、学者、文化人等々がいろいろな考えを示しているわけだが、戦争はなくならないどころか、ますますエスカレートしているし、貧富の差もますます広がっており、その本当の解決法が見つかっていないということである。つまり、そのための新しい思想が見つからないでいる、というのが現状である。

合気道は、人類には、このような争いや貧富の差などの問題が起こる危険性のあること、そしてこの問題を解決するための思想を持っている。
私は、今日のこれらの問題を救うことができるのは、合気道の思想しかないように思える。

まず、何故、戦争のような争いが起きるのか、貧富の差ができてしまうのかという理由であるが、合気道では、それは見えるモノ(物)を重視し、見えない心がモノに隠れてしまったり、隠してしまうからであると教えている。モノとは衣食住であり、ぜいたく品であり、お金である。そして、それが力となる。人は、力を得ようとし、モノを得ようとし、そこに争いが生まれ、勝った側と負ける側に二極化する。
モノを追い求め、モノに頼ると争いになることは、合気道の稽古で日々体験しているのである。合気道の稽古でのモノとは、腕力や体力の魄力である。合気道では「魄」という。しかし、合気道では、「魄」が駄目だとはいっていない。「魄」の体力、体を、先ずは十分鍛えなければならない。しかし、今度はその「魄」を土台にして、「魂」(心、精神)を表、前に出て技をつかわなければならないのである。
つまり、「魄」で技を掛けている間は、争いになるか、潜在的に争いになる稽古をしていることになるのである。

世の中、人類を争いから救う方法は、魄の世界ではなく、魂の世界に振り返ることである。見えるモノではなく、見えない心を大事にするのである。勿論、合気道も、経済(魄)が土台であるから、先ずは土台をしっかりつくらなければならない。しかし、土台ができたら、こんどは見えない心で物事を見、判断したり、行動していくのである。例えば、人を服装や外見で見るのではなく、心で見たり、判断するのである。草花や自然を素晴らしいと見る心であり、幼児の生命力、自然さを感じる心である。

モノはあるところにはあるし、集まるところには集まる。モノがない人もいるし、持てない人もいる。しかし、心は誰でも持っているし、自由である。心は人類、万有万物が有し、お互いに分かり合えるものである。

心にもモノに依存する心があるだろう。この心では、モノ中心のときと同じような争いが起こってしまう。
だから、その心を真の心に結び、真の心にゆだねなければならない。

心には二つある。顕界の心、つまり、見える世俗における自我の心と、そして宇宙の心である。人は、心で考えたり、決める際、別の何ものかが、それは駄目だとか、こうした方がいいといってくるだろう。それが宇宙の心であり、それが真の心という。

真の心とは、宇宙の心であり、それは宇宙天国・地球楽園建設のための心である。人も万物もそのために生成化育をしていることになり、その宇宙の心が人の心と結んだものが、真の心ということになる。合気道では、この宇宙の心を魂といい、その魂と人の心を結ぶものを魂緒(たまのお)という。
真の心で、人や万有万物を見れば、人はみんな宇宙天国・地球楽園建設のために生成化育に携わっている兄弟、同朋、仲間ということになる。人間だけでなく、草木虫魚類や鉱物でさえ仲間ということになる。仲間喧嘩や兄弟喧嘩ぐらいはあっても、殺し合うなどはできないはずである。

われわれ合気道家は、合気道を十分修業し、争いのない世の中、地球天国建設のためのお手伝いをしなければならない。
これが合気道開祖、合気道の教えであり、今日の争いのある世の中を救うための新しい思想・哲学であると考える。


参考文献:朝日新聞 「異論のススメ 西洋と異なる思想、今こそ」(佐伯啓思)