これまで正面打ち一教も片手取り呼吸法も天の浮橋に立つところから技をつかってきた。“あ”“お”で天地と結び、そこから“う”と技をつかってきたのである。しかし、正面打ち一教などはなかなか上手く相手を導くことができないでいた。
しかし突然、正面打ち一教が上手くいくようになったのである。相対稽古の相手が自ら動いてくれ倒れてくれるのである。
その理由は、天の気と地の気を使うようになったからである。手を布斗麻邇御霊の
で天に上げ、相手を凝結させ、そして手を
で地に下ろすのである。天の気、そして地の気と己の気を気結びするということになるわけである。剣で振り上げ、切り下ろす形である。
何故、そうすればいいのかを教えて下さったのは下記の有川定輝先生の一教の演武の写真である。
例えば、気である。気がある程度身についていないと出来ない。自己の気を養成しなければならないのである。凝結力と引力が働くように気を養成するのである。
もう一つの条件は肩を貫く事であるが、この肩を貫くのは意外と難しいのである。これも教えてもすぐには出来ないものなのである。自分で会得するしかない。
多くの稽古人は、肩を貫く事の意味と重要さを気にしていないようなので、何故、肩を貫く事が必須なのかを説明する。
技は手で掛けるが、手の力は腰腹からの力である。故に、肩が貫けていなければ腰腹の力は肩で止まってしまうことになり、後は手先から肩までの所謂腕力をつかう事になるわけである。
肩がぬけていれば、天の気に結んで手は天に上がるが、その手は結んでいる腰腹で上げる事になる。また、地の気に合わせて地に下ろすのも腰腹となる。腰腹で手をつかうと、気(己の気)が天の気と地の気に結び、天の気と地の気が手を動かし技にする。こちらが倒そうとしなくとも相手は自然に倒れていく。この動きと技は無作為であり、天と地の意志(心)の働きであろう。
天地の気と自己の気と気結びする。これが宇宙と一体ということであり、これを合気というと大先生はいわれているわけだから、この稽古法は間違いないだろう。