【第317回】 地の呼吸と天の呼吸で技を生みだしていく

ただ手足を振りまわしたぐらいでは、大した力は出せないものである。大きい力を出したつもりでも、受ける相手も対抗する力を出すので、力が強い弱いという若干の差はあっても同質であり、ただの大小強弱の比較ということになる。それ故、そのような力が相手に勝っていたとしても、相手は心から納得しないだろう。

人を納得させる力とは、異質の力である。それは自分の力の延長線上ではない力、つまり次元の違う力だろう。つまり、人間が作り出すものではなく、超人的なものとなる。自分以外のもの、人間を育んでくれているものからの力を活用し、身につけるのである。前回の第316回で書いたように、武道を志す人たちの夢は、このような超人的な力をなんとか身につけたいということだろう。

そこで、合気道の稽古の中で、超人的なものを頂いて技の練磨をしていくとは、どういうことなのかを、考えなければならないだろう。自分の力だけでやるのではなく、自分以外の力をお借りし、また身につけて、技をかけるのである。

開祖は『武産合気』の中で、「地の呼吸と天の呼吸を頂いてこのイキによって、つまり陰陽をこしらえ、陰陽と陰陽とを組んで、技を生みだしてゆく」といわれている。今回は、この「地の呼吸と天の呼吸を頂いて、技を生みだしてゆく」で、超人的な力を出す方法を考えてみることにする。

地が呼吸をしているとか、天が呼吸をしているかは、まだ本当には分からないが、開祖がいわれることを信じ、天地の呼吸はあるはずだと思いながら、稽古をしなければならないだろう。そう思って稽古をしていけば、だんだん身につくはずである。

この天の呼吸と地の呼吸を意識しやすい技(形)は、天地投げであろう。足と手を地に落とすと、反対側の手と足が天に上がり、相手が気持ちよさそうに天まで上がってくる。手と足、それに息が地にしっかり降りると、地の呼吸に合致したことになり、地の呼吸を頂いたことになる、ということではないだろうか。

また、反対側の手足(特に手)が自然に上がっていくのは、天のイキに従って天の呼吸に合致したということだと考える。このとき、地に下ろした力は、ただ単に出した力とは量的にも質的にも違っているし、天に上がった手は、相手の重量をほとんど感じない無重力状態になるから、これは人の力ではない、天の呼吸のなせる技ということができるだろう。

この地の呼吸と天の呼吸を頂いて技を生みだしていくのは、天地投げだけではない。すべての技(形)において、地の呼吸と天の呼吸を頂いて技を練磨していかなければならない。逆にいうと、この地の呼吸と天の呼吸を頂かないのでは、技はかからないということになるわけである。

入身投げなどの投げ技、一教・二教・三教などの抑え技がうまくかからないのも、この天地の呼吸を頂いてないことが、大きい原因のはずである。

合気道の技(形)は、天と地の呼吸に自分の体とイキを合わせ、それを陰陽につかうことによって生まれるようである。

参考資料 「武産合気」