【第476回】 腹も十字に

合気道は相対で形を稽古しながら技を錬磨していくが、己のかける技はなかなか思うように効かないものである。効かないから、少しでも効くように稽古しているわけだが、長く稽古をすれば効くようになるものではない。技が効くためには、効くようにやらなければならない。

技が効くというのは、その技は理に合った理合いの技でなければならないということである。何に合わなければならないかというと、宇宙の条理・法則である。理合いの技をつかうためには、体づかいの宇宙の条理・法則に則ってつかわなければならない。

宇宙の営みや万有万物の創造は十字から、といわれる。伊邪那岐と伊邪那美の島海、国生みから始まり、天と地の気、天地の呼吸と地の呼吸などであるが、技を生み出す際にも、息も体も十字につかわなければならない。縦と横の息や、手を縦横十字に返してつかうこと、等である。

手や足、それに息の十字については既に書いているので、今回は「腹」も十字につかわなければならないことを書く。

第472回の「自分の体重を技に」で書いたように、技は体重でかけるということがいえる。だから、体重を効率よくつかわなければならない。そのためには、体重移動が重要になる。左右の足が陰陽で右左規則的に動くために、そして、地に着いた足に全体重がかかるためには、腹が動かなければならない。腹を着地する足先の方向と十字になるよう、腰を支点とした円を描くのである。腹の面と足先が向いている線が、十字になるわけである。

腹と足先が十字になると、着地している足に体重が十分かかるだけでなく、反対側の、陰で控えている足が自由に動けるようになる。逆に、不十分な十字だと、その陰の足が動けなくなり、居ついてしまうか、足をバタつかせることになるはずである。

足先と腹が十字にならなければ、そこからの動作で、相手とぶつかってしまう事になる。たいていの初心者がやりがちなのが、己の腹を相手に向けて技をかけてしまうことである。

中でも気にかかる典型的な例としては、正面打ち入身投げである。その体制では振り上げる手が相手にぶつかってしまうだろうと思えるのだが、実際にも引くにせよ、出るにせよ、相手とぶつかってしまう。すると、それを避けるために一歩下がって後退したり、手を振り回したりと、無駄な動きが入ってしまうのである。

腹を十字につかうのは容易ではないが、鍛錬しなければならない。入身投げで入身転換する時に、完全に十字になるように転換することを努めるのである。相手にたたかれようが、ぶつかられようが、十字の形をつくるようにするのである。マンガのように、急に腹が十字に回ることはあり得ないから、相手に向いていた腹を少しずつ十字に近づけるつもりで、稽古していくのである。

股関節が固ければ、柔軟にしたり、腰腹が動くようにしなければならないなど、体を練ることも大事である。だが、それよりも心を練る稽古が大事なようだ。

入身転換は、相手などにとらわれないことが大事であるので、心が大事になる。相手をやっつけようとか、相手にやられまいとすると、本来の腹の十字の稽古が忘却の彼方に行ってしまうことになるから、そのような観点からも、心が大事であるわけである。ましてや高段者になると、ますます心の稽古になっていくといってよいだろう。

前段で、入身投げでの入身転換で腹が十字にならなければならない、と書いたが、さらに、そこから相手の手を切りおろし、上腕で相手の首を切る動作でも、腹は十字にならなければならないのである。腹が十字になれば、遠心力が働いて、相手はこちらを回ることになり、自ら死角をつくってくれるので、スムーズに技がかかることになる。従って、入身投げでは、少なくとも2回は腹が十字にならなければならないはずである。

腹の十字を正面打ち入身投げで説明したが、十字は普遍的な法則であるのだから、すべての形と鍛錬稽古でつかわれなければならないのである。

特に、呼吸法(坐技呼吸法、諸手・片手呼吸法)、四方投げ、一教、二教などは、「腹を十字に」をつかわないと、その技はうまくかからないはずである。

腹は、意外に自分が思っているほど動いてくれないものである。つかっていないから、長年のカスがたまったり、筋肉や股関節などが機能低下している。まずは、腹と腰の箇所をほぐし、十字になるように稽古していくのがよいだろう。