【第367回】 呼吸も十字に

開祖は「天火水地の十字の交流によって生みだされる言霊の響きによって宇宙万物が生成されたのであり、それに習うことが合気の道なのである」と言われている。宇宙は十字で創造され生成化育しており、それを形にしたのが合気道の技であるから、技の練磨に際しては体と動きを十字につかわなければならないことになる。

魄の力を制するのも、相手をくっつけて離さない引力や、円(縦の旋回)をつくるのも、十字である。「体を十字につかう」は以前に書いたが、今回は呼吸も十字につかわなければならないことを書いてみよう。

十字の呼吸とは、息を縦と横の十字につかうことである。縦の呼吸とは腹式呼吸、横の呼吸とは胸式呼吸であると考える。腹式呼吸は横隔膜の運動が主体の呼吸で、胸式呼吸は肋間筋による胸部運動が主体の呼吸である。

一般的には、男性は腹式呼吸、女性は胸式呼吸、といわれているように、人はどちらかに重点を置いてつかっているものだ。だが、合気道ではこの両方をつかわなければ、真の技、理合の技にならないのである。

技をつかうときの十字の呼吸は、まず相手に接して結ぶまでは、腹式呼吸で吐く縦の呼吸をつかう。次に、相手とくっついたら、胸式呼吸で息を入れる横の呼吸をつかう。つまり、腹式呼吸からの縦の息を、胸式呼吸で横に流すのである。そして、相手を投げたり、抑えるときは、また縦の腹式呼吸でやるのである。

つまり、息遣いは、縦(腹式)、横(胸式)、縦(腹式)の十字とならなければならないのである。これを、縦だけの腹式呼吸だけでやると、十分な力(特に、引力、遠心力)は出ないし、相手の力とぶつかることになり、腕力を使わなければならなくなる。

腹式呼吸の重要性とその使い方はよく知られていると思うが、胸式呼吸のそれはあまり知られてないようなので、若干、説明したいと思う。

医学的には、胸式呼吸は12本ある肋骨のうち胸骨に接着していない11番目と12番の遊離肋骨を広げることで、肺に陰圧をかけて空気を入れ、狭めて陽圧をかけることで息を出すという。

これを合気道の技でつかうと、この遊離肋骨を十分広げて吸気し、胸郭を左右、前後、上下の希望する方向に拡大することでつくりだされる、求心力と遠心力を兼ね備えた呼吸力で技をかけていくのである。ここで大事なのは吸気で、息を吸う方である。息を吐いてしまえば、大きい呼吸力にならないのである。

胸式呼吸をつかってやるかやらないかで、技の効き目は全然違うことになる。その分りやすい典型的なものに、二教裏、半身半立ち四方投げがある。相当上手な人でも、二教裏が力を入れたわりに効かないのは、縦の腹式呼吸だけでやっているのが最大の理由と思われる。相手の手が自分の肩に接した時点で、胸式呼吸で力を横に流すのである。また、半身半立ち四方投げも縦の呼吸と動きだけでなく、胸式呼吸で横に動けば、相当な力が出るはずである。

十字の呼吸に関して、もうひとつ「呼吸法」の例を挙げよう。片手取りでも諸手取りでも、最後に、相手がつかんでいる自分の手が、相手の胸や首に接し、そこから相手を倒すわけだが、たいていそこで相手とぶつかってしまうため、倒れてくれないものである。

この原因は、縦、横、縦の十字に呼吸していないからである。まず、初めに縦の腹式呼吸で息を出し、次は横に胸式呼吸で息を入れながら、手を相手の首や胸に接するのだが、この後に胸式呼吸でさらに横に動くから、ぶつかるのである。つまり、縦、横、横では、理に合わないのである。

この問題を解決するには、最後の横につかっていた胸式呼吸を、縦の腹式呼吸に変えることである。相手に接している手に力を加えるのではなく、手はそっと(開祖はこれを「天之浮橋に立って」と言われるだろう)相手に接しているだけで動かさず、腹式呼吸で縦に息と体重を落とせばよいのである。これで、呼吸も縦、横、縦の十字になる。

胸式呼吸とは不思議な働きをするようで、奥が深いようである。次回は、合気道に関係する「胸式呼吸の働きと効果」を考えてみたいと思う。