合気道の修行は一生もので、終わりはない。終わりがないということは、学ぶこと、身につけていくものが無限にある、ということである。なにしろ学ばせていただいているものが宇宙であるから、10年や20年で学びつくせるはずがない。
合気道は、老若男女誰でも容易に稽古をはじめることができるし、誰でも5年、10年と稽古すればするほど上達する。しかし、その後は稽古しても、以前のような上達がなくなってくるのが、一般的なようである。そのため古い稽古人がやめて行くようで、残念である。
5年、10年ぐらい稽古すれば、筋肉がついて体ができ、内臓も丈夫になるし、基本の技の形も覚えていくので、誰でも例外なく自分の上達を実感できるだろう。だが、この後は、同じように稽古を続けていても、上達している感じがないのではないだろうか。
あえて正直に言わせてもらえば、実際に上達していないのである。初心者や力がない相手を倒すことが上手になってはいるだろうが、それは魄の力、いわゆる腕力に頼っているだけである。それに慣れである。
5年、10年稽古をして体ができ、基本の技の形を身につけたら、次の次元の修行に入らなければならない。これまでは本格的な稽古のための準備段階で、ここからが初段の稽古、有段者の稽古ということである。
これまでは力一杯に稽古をしていけば上達していたが、ここからは「理」の稽古をしなければ上達しないだろう。理に合わない稽古をいくら一生懸命やっても、合気の道を進むことはできず、道を外れて邪道に陥ったり、壁にぶち当たってしまうことになる。
開祖は『武産合気』や『合気真髄』で、この理という言葉や、また理をつかった理道、真理、条理等などの言葉を使用して、我々に合気道を教えて下さっている。
例えば、