【第914回】 積み重ねが大事

合気道を60数年やっているが、ようやく合気道とは何か、何を目指せばいいのか、そのためにはどうすればいいのか等が見えてきた。いろいろと試行錯誤しながらやってきたが、ようやく自分が考えていた合気道を見つけたということである。合気道を創られた植芝盛平翁先生のお考えが理解できるようになり、そして合気道の技が多少つかえるようになったと思うのである。勿論、まだ不完全であるが、それを得られる次元に入ったので、後はこの方向に修行を続ければいいはずだということである。

60数年稽古をしてきたということは、60年の稽古の積み重ねである。この積み重ねで今があり、技がつかえ、話もできるのである。途中の何かが欠けていれば、今の自分はないだろうし、技もつかえないはずである。
「積み重ね」とは、やるべき事・やりたい事を一つ一つやっていくことである。やるべき事は自分でわかるはずである。心と身体が教えてくれる。しかし初心者の内は先生や先輩の他人に教えて貰うだろうが、後は自分で分からなければならない。「積み重ね」のためには目標を持たなければならない。例えば、理想の人物や思想や技のイメージ等である。目標を持てばそれに近づこうとするから、それが進歩、上達に繋がり、稽古の張合いになるわけである。

肉体主動の魄の稽古の時代は、身体を鍛える事が主になり、そのための積み重ねが主になる。人によって違うが、例えば、手を鍛えたら、足を鍛え、腰腹を鍛える。受け身も前受身、後ろ受身、飛び受身を身につける。息づかいを意識し、深く、長い息づかいが出来るようにする。関節が自由に働くように関節のカスを取っていく。そのトータルが「積み重ね」である。

恐らくこの段階では積み重ねの稽古をしなければならないとか、していると意識して稽古はしていないだろうが、一生懸命に稽古をすれば無意識のうちに積み重ねの稽古をしているはずである。何故ならば、宇宙も小宇宙も完成に向かって進んでいるからである。一生懸命に稽古をすれば身体は純になり、働きやすくなっているはずである。進歩ということは、自分の限界より1mmでも多くの稽古をすることである。現界とか限界内では進歩はなく現状維持ということになるのである。

物質科学の魄の稽古から精神科学の幽界の稽古に入ると、積み重ねの稽古の重要性が明確になり、意識して法則を見つけ、身につけようとするようになるようだ。法則は宇宙の法則であるから無限にあるわけだが、見つかる法則は基本的に一つづつである。また、それを身につけるにも一つづつであり時間が掛かる。面白いのは、一つの法則を見つけて、それを技に取り入れる事が出来るようになると、不思議と新たな法則が現われることである。つまり、前の法則を会得できなければ次の法則が現われないということである。何かが積み重ねるべき法則を準備し、一つ一つこまめに提供してくれているように思えるのである。

法則は技の中から見つけるし、技で確認するが、最大の助けは大先生の教えにある。『武産合気』『合気神髄』の中にある。しかし、この中の教えは難解であり、容易に理解し、法則を見出すことは出来ない。それ故、何度も何度も繰り返して読まなければならない。一回読んで少し分かり、二回読んでまた少し分かりと積み重ねていくのである。これも「積み重ね」である。

この次元の稽古に入ると、本格的な積み重ねとなるようである。最早、稽古ではなく修業と云った方がいいのかもしれない。