【第760回】 神々が協力してくれる

大先生の教えで、以前から信じられないことがあったが、最近、それが信じられるようになった。改めて、大先生の教えは疑わずに信じなければならないと痛感した。
その疑っていた事は、修業をしていけば神様が協力して下さるという事である。これを大先生は、「私の合気道は、八百万の神がことごとく協力して和合していくみちなのです。(合気神髄 P.50)」と教えておられるのである。

毎朝、禊ぎをしている。20、30年になるが、本格的にやっているのはここ10年ほどである。はじめの内はサボる事が多かった。昨日は稽古をしっかりやったので今朝はいいだろうとか、今日は雨だから、眠いからいいだろう等と理由をつけてサボることが多かった。
最近は朝の禊をやらないと気持ちが悪いし、一日中何かが欠けているような気持になることが分かっているので、よほどの事がない限りやっている。

時には、あまりやりたくない事もあるが、一寸だけでもやるようにする。が、始めるといつもと同じようなものになる。昨日までの禊ぎに繋がり、その先に進もうとするのである。この先に進もうとすることは己の本能であるはずだが、どうもそれだけではなく、何かが先に進ませようとしているのである。
これまで分からなかった事や出来なかった事が分かるよう、出来るように導いてくれ、また、そのためのヒントを与えてくれるのである。

何かが、禊ぎで何かを与えてくれるのである。その何かは私の毎朝の禊ぎを手ぐすね引いて待っていてくれるように思えるのである。だから、朝の禊ぎはサボれないどころか、朝、目が覚めると、今朝は何を教えて貰えるのかが楽しみなのである。
この“何か“こそが、大先生が言われている神であり、しかも一つの神ではなく、八百万の神である。八百万の神様の中で必要な教えに最適な神様が協力して下さるという事であると考える。

神様が、私の禊ぎでご協力下さるようになったのは、最近のことだと思うが、ご協力頂くようになったのは、次のような要件が揃ってきたためではないかと思う。

  1. 毎日、禊ぎを行ずる
  2. 大先生の教えに素直に従う
  3. 合気道の修業の目的を、大乗と小乗であやまたず持つ
  4. 必ずその日の禊ぎにテーマ、課題、問題意識を持って臨む
毎朝、禊ぎを行じていくと、道場稽古も禊ぎの場となるし、家から道場への道々も禊ぎの場となる。合気道は禊ぎであるになる。禊ぎを行じている場と時では神々が協力してくれるから、どこでも何時でも、何か素晴らしい教えを受けることにもなる。
神々が協力してくれるように修業したいものである。