【第720回】 合気道の時間

合気道では時間に関して、後で紹介するような不思議な話を聞いているので、時間に関してはずっと興味を持ち続けてきた。
最近、『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著が出版され、世界中で評判になっているようだが、私も新聞広告で見て、興味を持ち、購入して読んだ。
結論から云わしてもらえば、時間に関してはまだまだ分からない事だらけだということである。勿論、これまで分からなかった事や気がつかなかった事など新たな発見はあったし、これまでの常識と考えられていることを否定したりしている。例えば、「今はない」であり「時間は存在しない」である。

ロヴェッリ博士は時間についていろいろな理論を展開するが、その内、合気道に関係のありそうなものをピックアップして、合気道と関連づけて考えてみたいと思う。

また、アインシュタイン博士が時間について次の様に言っているという。 次に“時間”の定義を辞書で調べてみると次の様になるようである。
“時間”は、出来事や変化を認識するための基礎的な概念である。それぞれの分野で異なった定義がなされる。(Wikipedia)
また、「時間」という言葉は、一般的には、「時の流れのある一瞬の時刻」、あるいは、「ある時刻とある時刻の間の長さ」の意味で使われているが、次のような時間があるという: これらから時間にはいろいろあるし、時間の定義もそれぞれの分野によって異なっているということであるから、それでは合気道分野の時間はどうなるかということになる。
合気道の時間は速度であると定義づけたいと思う。
合気道の開祖である植芝盛平大先生は、合気道修業の上で勝速日(かつはやひ)を体感感得しなければならないと言われているが、大先生はこの勝速日を「時間を超越した速さ」と定義されているのである。つまり、“時間は速さ(速度)であるということになるわけである。
実際、合気道の技の稽古に於いては“時間”という言葉はない。使うとしたら、稽古時間が何時から何時までとか、一時間の稽古時間などである。

合気道の時間を超越した速さの勝速日についてである。この論文の初めに書いた“不思議な話”である。
一つ目は、大先生は過って鉄砲の弾が見え、向かってくる弾を避けられたということである。それも一度ではなく、何度か行われたというから、偶然ではない。更に興味があるのは、ある猟師と一緒になり、その猟師の撃つ弾を避ける事ができるかと聞かれると、一寸の間をおいて、その猟師の弾は避ける事ができないと答えられたというのである。ということは、撃つ人の技量や人間性によって鉄砲の弾は避けられたり避けられないということ、そして勝速日が生じたり生じなかったりするということであろう。
二つ目は、過って本部道場の内弟子や先輩たちは外でよく喧嘩をして腕を磨いていたようだ。そしてその当人から直接、または又聞きで、我々後進にその模様を話してくれたものだ。そしてその喧嘩の話しで不思議に思い、また興味を持ったのが、喧嘩の際、相手の動きがスローモーションのようにゆっくりに見えたということであった。これは喧嘩をした複数の先輩方が言っていたので、事実であり信じていいだろう。
これも勝速日になった目でみると、相手の動きの速さは遅く見えるという事だろう。また、速さ(速度)は、上記の時間の定義から、自分と相手との相対的な関係で決まるという事にもなるだろう。

また、合気道の勝速日は、時間もない空間もない、宇宙そのままがあるだけを云い、時間も空間も無くなってしまうのである。
合気道における時間には過去―現在―未来があるが、これは「宇宙生命の変化の道筋で、すべて自己の体内にある」と教えられている。
また、空間には顕幽神三界があり、己の体内に胎蔵しているという。
これらの時間も空間も無くし、宇宙と一体化することが合気道の修業の目標であるが、これが出来れば勝速日が生まれるということだろう。
そうなれば、鉄砲の弾が見えるし、避けることが出来、相手の動きもスローモーションで見えるということになるのだろう。

この勝速日が生まれる目標に、時間を超越した速さの動きや技はつかえるようになるのは容易ではないはずであるが、一歩一歩それに近づいていかなければならないだろうから、次の様な事から始めている。 大先生はこれを、「我々は正勝、吾勝、勝速日の精神をもって、天の運化を腹中に胎蔵して宇宙と同化、そして宇宙の内外の魂を育成して、かつ五体のひびきをもってすべて清浄に融通無碍の緒結びをして、宇宙世界の一元の本と、人の一元の本を知り、同根の意義を究めて、宇宙の中心と正勝、吾勝、勝速日を誤またず、武産の武の阿吽の呼吸の理念力で魂の技を生み出す道を歩まなくてはならない。」と言われているのだと思う。

これまでの合気道における時間をまとめてみたわけであるが、まだまだ勝速日や電光石火には程遠い。これを土台にして更なる研究をし、合気道の究極の時間である勝速日に近づいて行きたいと思っている。