【第594回】 手のつくりと働き

合気道は相対での形稽古を通して技を練り合って稽古し、上達していく。
合気道では、技はほとんど手をつかって掛ける。だから手は大事になる。しかし手で技を掛けるからといって、手だけに頼ったり、はじめから手で掛けては上手くいかない。手で技を掛けるが、手ではやらないというパラドックスである。禅の公案のようなものである。合気道には多くのパラドックスがあるがこれが合気道の教えでもあり、面白いところである。つまり、物事にはすべて裏と表があって、それが重なって一つになっている。これが自然で正しい事であるという教えだと考える。従って、手をつかえというだけでも、手をつかうなというだけでも、半面しかいっていないことになる。

この事はこれまで書いてきたことである。今回はこの表に出て主役として働いたり、裏に控えた主役控えである手のつくりと働きを、もう少し深く研究してみたいと思う。

手は、指先から胸鎖関節までの部位であるが、ここには7か所に関節がある。
指に3か所、手首、肘、肩、胸鎖関節である。
まず、この手のつくりである。指の3か所は親指を含め、各々90度内側に折れる。大東流でいう“鷹の爪”である。
指を伸ばすと一枚の手の平ということになるが、この手の平を地に対して縦にする(剣を持った形)と手首を支点にして横に動く。次に手の平と腕を一本にすると肘を支点として上下の縦に動く。今度は、手の平と腕と上腕を一本にすると、肩を支点に左右の横に動き、また、同時に肩を支点として上下の縦にも動く。肩を支点として手は左右と上下に動くわけである。
最後に、手の平と腕と上腕そして肩から胸鎖関節までを横に一本にすると、胸鎖関節を支点として前後に横に動く。
尚、ここで動くということは、動きやすいという意味であり、努力すれば他方にも動かすことはできるし、時として動くように鍛錬しなければならない。

手は手の平が手首で横、腕は肘で縦、上腕は肩で横、手の平から上腕までは肩で縦(横)、手の平から胸鎖関節までは胸鎖関節で横に動き、所謂、手の各関節で手は十字々に動くのである。

このように人の手は節々で折れて動くようにできている。お陰で、手で作業をしたり、快適に生活ができるわけである。しかし、日常生活のように手を折ってつかって合気道の稽古をしても、技は上手く掛からない。合気道の稽古では、折れる手を充分に十字に折れるように鍛えると同時に、折らずにつかう稽古をしなければならないのである。これもパラドックスである。

折れる手を折ってつかったら力も出ない。一本の鋭利な刀のように折れずに真っすぐにつかわなければならない。正面打ちで打つ場合も、相手の打ちを抑える(止める)場合も、最大の力は胸鎖関節を支点にして出した力である。
しかし、接近戦などの近い間合いの場合では、胸鎖関節より手先に近い関節を支点として使う。肩、肘、手首を支点としてつかうのである。

ここで大事な事は、つかう手の支点は一か所であるということである。胸鎖関節が支点の場合は、他の残りの関節、肩、肘、手首、指は折れ曲がらないよう一本にならなければならない。また、肘が支点となる場合は、上腕から胸鎖関節まで一本を体(土台)として、腕から手先までを一本の刀のように用としてつかうのである。支点の他の関節が折れ曲がったり、緩んだりすれば、その手は鈍刀になってしまい、いい技はつかえない。このような鈍刀の手を評して有川定輝先生はよく「バラバラ事件」と言われていた。

体の部位がしっかりし、用の部位が一本の名刀になれば、大きな力が生まれるだけでなく、縦横十字による円の動きがうまれてくる。
合気の技は円の動きのめぐり合わせといわれるわけだから、円の動きをつくることは大事である。手の支点の置き所によって、いろいろな円の動きができる。