【第935回】 水火と息と呼吸の違いと関係

前回の『稽古は水火の仕組みで練る』、第922回第923回の『息陰陽水火』などで“水火”を研究してきた。また、相対稽古で技を掛ける際も水火を意識し、つかうようにしたし、水火に働いてもらわなければ技になり難いことを確信した。お陰様で“水火”がどのようなもので、どのような働きをするのかが大分わかってきたところである。
そして少し分かってきたために水火のまだ知らない事が出て来たのである。それは今回のテーマになる「水火と息と呼吸の違いと関係」である。水火と息と呼吸は同じような働きがあり、同類であるが区別されている。区別があるということは違いがあるという事であるし、同類であるということはお互いに共通項があり、互いに関係があるということになる。

水火と息と呼吸の違いと関係を調べるにあたり、まず、水火と息と呼吸の定義、解釈をすることにする。大先生の教えの『合気神髄』『武産合気』が基になる。
まず水火である。下記の教えに水火がよく表わされているだろう。
「一挙一動ことごとく水火の仕組みである。いまや全大宇宙は水火の凝結せるものである。みな水火の動きで生成化々大金剛力をいただいて水火の仕組みとなっている。水火結んで息陰陽に結ぶ。」
ここで水火は、全大宇宙の仕組み・働きであり、生物、人の一挙一動の仕組みであると教えている。この水火の具体的な例、分かりやすい例として、潮の干満。生物、人の呼吸。生物、人の心臓の働き等がある。
また、水火の仕組み・働きがなければ人も生物も、更に宇宙、天地も産まれなかったし、営まれなかったことがわかる。

次に息である。下記の教えに息がよく表れている。
「息を出す折には丸く息をはき、ひく折には四角になる。そして宇宙の妙精を身中にまるくめぐらし六根を淨め働かすのです。丸くはくことは丁度水の形をし、四角は火の形を示すのであります。丸は天の呼吸を示し、四角は地の呼吸を示すのである。つまり天の気によって天の呼吸と地の呼吸を合わせて技を生み出す。」
ここで息は、息は丸く吐き、四角に引くとある。イクムスビの息づかいである。この息は口呼吸であり、意識した息づかいである。この息を天地の呼吸に合わせると技になるということである。これを布斗麻邇御魂の形で表すと次のようになるという。
はく息はである。ひく息はである。腹中にを収め、自己の呼吸によっての上に収める

次が呼吸である。下記の教えに呼吸の特徴がよく表れているだろう。
「呼吸の凝結が、心身に漲ると、己が意識的にせずとも、自然に呼吸が宇宙に同化し、丸く宇宙に拡がっていくのが感じられる。その次には一度拡がった呼吸が、再び自己に集まってくるのを感じる。このような呼吸ができるようになると、精神の実在が己の周囲に集結して、列座するように覚える」
ここで呼吸は、自分が意識しなくとも自然に行われ、宇宙に同化し、宇宙に拡がり、そして自分の周囲に集まって来るとある。
また、「はじめて「ス」の言霊が生まれた。これが宇宙の最初、霊界の初めであります。そこで宇内は、自然と呼吸を始めた。」とある。
これは宇宙や自然は呼吸をするということである。息をするのではないということである。

最後が、水火と呼吸と息の違いと関係である。次の教えがいい例だろう。
「この一元より出て来る宇宙の営みのみ姿、水火のむすび、つまり天の呼吸と地の呼吸とを合し、一つの息として生み出していくのを武産合気というのであります。」
この教えは、宇宙の営みの姿が水火であり、天地の呼吸である。つまり、天地の呼吸は水火であるということである。そして水火と呼吸は息でもあるという。そしてもう一つの息(口呼吸)でこれらの水火と呼吸に合わせて技を生み出していかなければならないというのである。

これで技を生み出していかなければならないが、普段でもこの息づかいはやっている。しかし、ほとんど無意識で水火や息をつかい、呼吸をしているから気づかないのである。故に、合気道の技をつかう場合は、一度は意識しなければならない。それが身について意識しなくとも技がつかえるようになるまで錬磨すべきであろう。
無意識でやっていることの例を挙げる。
①祈りである。祝詞では声を出して詔を唱えるが、口からの息づかいと腹中(及び胸中)での水火の働きの呼吸で唱えている。大先生はよく「祈りはいい」と言われていたのはこの事であったのだろう。
②声楽も同じである。口先だけではいい声も、大きな声も出ない。腹中からの水火の呼吸で素晴らしい声がでるのである。勿論、水火だけでは声は出ない。

合気道の技づかいでも「水火と呼吸と息」をつかわなければ技にならない。強力な技や早く技を掛けるには必須である。息はウ声と伊邪那岐、伊邪那美の水火の呼吸でやるのである。呼吸法や交差取り二教などはその好例であろう。また、技だけでなく、関節運動、四股踏み、舟漕ぎ運動などもこれでやればいいようだ。

要は、息は口でする呼吸。人の呼吸は一般に息をするという。呼吸をしているともいう。例えば、口呼吸、腹式呼吸、胸式呼吸 等
水火は宇宙の呼吸。つまり万有万物の一挙一動である。宇宙や万有万物が息をする、しているとはいわない。が、呼吸をしているとはいう。
呼吸は吐いて吸う営み、仕組みであり、人の息でも万有万物でも備わっているということで、従って、呼吸は息とも水火にも共通し、同類であるといえよう。
息は、“自”と“心”とあるように意識できるし、調整できる呼吸であり、水火はこれに対し、己の心と関係なく働いている呼吸であると解釈する。

これが今回のテーマである「息と水火と呼吸」についての私見である。間違っているかもしれないが、取り敢えずこれで技の錬磨を進めていくことにする。その内、新しい考え方がでれば、その時はそれを検討すればいい。問題を見つける事が重要であるし、次にその解決法を見つけ、それを実証することが重要なのである。間違っていれば改正し、再挑戦するしかない。それは体が教えてくれる。失敗によっていろいろな事も学べるし、新たな発見が見つかるかもしれない。間違いに恐れず挑戦することが大事だろう。