【第811回】 肩甲骨を拡げる

これまで足のつけ根の股関節と手のつけ根の肩関節が重要であり、この部位を鍛えてつかわなければならないと書いた。
股関節については大分わかったし、つかえるようになったから、後は稽古をすればいいが、肩関節がまだ不明である。つまり、肩関節とはどんな関節で構成されているのか、そしてどのような働きがあり、どのように使えばいいのか等である。

肩関節について考えているとき、テレビでバレーダンスを見ていると、手先からつま先まで、合気道で云う、気が流れ、気で満ちていて、美しいものだと改めて認識した。そしてこの手の動きや、その形は肩関節がなせる業であると思ったのである。そこでバレーの本『ダンス解剖学』を購入し、バレーダンスでの肩関節に対する考えを調べてみた。

まず、バレーダンスでも肩関節を非常に大事にしていることである。
「肩関節は複雑な、そして大変可動性の高い関節で、筋肉によるコントロールも同様に複雑です。・・・肩をコントロールする筋肉を強化すれば、もっとセンターから動けるようになります。男性ダンサーは、リフトのために肩のコントロールを必要とし、女性ダンサーは、調和した動きのために肩のコントロールを必要とします。」と言っているのである。

次に、肩関節については、肩関節は骨の複合体で、鎖骨、肩甲骨、上腕骨で構成されているとある。

次にバレーダンスでの肩関節のつかい方である。手を上げるポジションのアンオー=En haut(写真)やアロンジェ=『allonge』で手先まで美しく、そして高く上げるためには、肩甲骨を鎖骨にスライドさせて、肩甲骨を拡げることが大事であるという。肩甲骨を拡げることによって、手が更に5cm−10cmは上がるというのである。そして、背中、脇の下、肩甲骨、肘、前腕、手の平、小指、中指の先まで伸びるという。
      
さて、この「肩甲骨を拡げる」を合気道の技づかいではどうなるかである。結論から云えば、合気道の技をつかうにも、やはりこの「肩甲骨を拡げる」が必須であるということになるのである。これでやれば、呼吸が深くなり、強力な力が出るし、気が生まれ、手先まで気が満ち、そして手も伸びる。剣の素ぶりをするとそれが分かり易い。尚、ダンスバレーにはまだ、合気道が大事にしている気の概念はないようだが、それに気づいているように思う。

『ダンス解剖学』を見たり、インターネットでダンスバレーを調べてみると、バレー界は、バレーダンスの為の人体を驚くほど緻密に研究しているのに驚かされる。これほど詳しく人体や骨格や筋肉を研究しているのは、他には無いのではないかと思う。その理由は、身体を詳しく正確に知らなければ、美しいパーフォーマンスは出来ないだけでなく、怪我をしてしまうからだという。勿論、バレーの歴史は長いので、その知識の積み重ねもあるだろう。また、バレー関係者は研究熱心なようだ。

私が初段になりたての頃(約50年前)、アメリカから来たバレーダンサーに合気道を教えた事がある。教えたと言っても、受け身と単独転換法と片手取り転換法である。
当時は、初心者クラスなど無く、入門しても、即先輩達と皆一緒に稽古をするのだが、受け身もできなければ、体の動かし方もわからないわけだから、ちょっと面倒をみなければならない。そこで道場の隅で、手解きするのである。そこで其の日は私が、その時間の師範に、彼の相手をするように指示さられたのである。
彼は、体はしっかりしていたし、結構、力が強かったことを覚えている。そこで、彼は何をしているのかを聞くと、バレーの手つきで、ダンサーだと言ったのである。来日したので、合気道の道場を訪れたのだという。恐らく数回の稽古だったのだろうが、合気道を知ってどんなものか体験してみたかったのだろう。

ダンサーが何故、合気道に興味を持ったのか、また、バレーダンスに何か役立つのかと考えたことを覚えている。当時は、まだ、大先生がご健在で、多くの分野の方々や著名人が合気道道場を訪れていたので、彼も、合気道や大先生に興味を持ち訪れたのだろうと思っていた。彼には相当な腕力があったが、ダンスでそれほどの力がつくのか、また、必要なのか等を考えたが、そのままになっていた。そして今、それが分かったという事である。
バレーは合気道から何かを学ぼうとしていたし、合気道もバレーから大事な事を学べるということである。大先生の教えのように、萬物から学ぶ事が出来るとし、学ばなければならないということである。


参考文献 『ダンス解剖学』(ジャッキ・グリーン・ハース著 武田淳也監訳 ベースボール・マガジン社)