【第705回】 カバンで鍛える

このテーマは前に一度書いた事があるが、最近、新たなことがわかったので書くことにする。
有川先生には本部道場の先生の中で、一番長い間教わった先生である。先生の晩年には、稽古の後よく食事をご一緒させていただき、その折々にもいろいろと教えていただいたことが今になるとよく分かる。先生に教えて頂いたといっても、これは大事な事だからといって教えてくださるのではない。例えば、質問形式なのである。道場に入る時は右左どちらの足から入るのか、出る時はどちらの足からか? 道着のズボンはどちらから先に足をいれるのか? 今日の稽古はどうだった? あの本は読んだか? この本は勉強になるぞ!あの演武会は見たか? 等々いろいろあったが、答えやご自身の考え等は一切言って下さらなかった。
自分で考えろという事である。今思えば、先生の忍耐強さと、我々教え子のことを本当に考えて下さっていたことが分かり、心から敬服する。私なんか相手に答えが出なかったり、不満足な答えだったら、すぐに答えを言ってしまう。また、先生は日頃何気なく見たり、体験している事の中に大事な事があるということを教えよう、気づかせようとされていたこともわかってくるのである。

さて、今回のテーマであるカバンで鍛えるも、先生の教えの一つであるが、この中には非常に深い教えがあることを改めてわかった。
これは有川先生に10数年まえに言われた教えである。稽古が終わって食事に向かうとき、先生のカバンをお持ちすると、先生は「カバンを持つのはいい稽古になるぞ」といわれたのである。その時は、カバンは重量もあるので力がつくということだろうと思ったぐらいだった。
その後、先生の教えに従い、自分の稽古着が入ったカバンを肩に下げないで、手で持つようにし、力をつけようと思った。確かに腕に筋肉がつき、手首もしっかりしてきた。更に、カバンを手・腕で持つのではなく、腰腹で持つようになった。お陰で手先とは腰腹が結び、そして肩が貫けた。
そして、道場の行きかえりに、稽古カバンでもこれまでいろいろ稽古をしてきたが、その後に更に分かったことは、重いカバンを持ち歩くには、手が鉄の棒のようにしっかりしなければならないこと、そして体幹も鋼鉄の様にしっかりしなければならないことが分かった。腕や体がふにゃふにゃではカバンが重くなり、長く下げていられなくなる。
更にもう一つ重要なことがわかった。それは、カバンの柄を握っている指の親指を支点にして、その支点は動かさずに、小指側を上下すれば、重量が軽減すると共に、歩を進めている脚にぶつからずに歩めることが分かったのである。

確かに「カバンで鍛える」のは、いい稽古になっている。恐らくまだまだ更なる教えがカバンを持つことにはあるだろう。有川先生の教えは想像していたよりも相当深いものであったことが改めてよく分かった次第である。
また、有川先生はこの「カバンで鍛える」を通して、何時でも何処でも鍛錬、何でも鍛錬、そして理合いで問題解決をしなさいと教えて下さったのだと思うのである。