【第695回】 背中で掛ける

名人や達人とわれわれ凡人比べて、外見上大きく異なるところがある。ここで大きく異なるとは、正反対であるということでもある。
合気道の相対での形稽古を見ていると、それが分かる。名人や達人が体の表をつかって技を掛けているのに対して、初心者は体の裏をつかって技を掛けているのである。初心者は体の表と裏を知らないので、無意識のうちに体の裏をつかっている。

モノには表と裏がある。仕事をする面を表、その表を支えるのが裏と考える。手や足づかいの陰陽とは違う。陰陽は交互に変わるが、表裏は変わらない。
体の表は背中側であり、裏が胸や腹側である。従って、技は背中側の表で掛けなければならない事になる。
ここに大先生の表で仕事をされている写真を示す。 

次に有川定輝先生の表の背中で技を掛けている写真を示す。
これに対して初心者は裏の胸から力を出して、技を掛けるため、大きな力も出ないし、技が掛からないことになる。(下写真)
それではどうすれば体の表に力が集まり、そしてその力で技を掛ける事ができるようになるかということになる。
その答えを簡単に言えば、二つある。一つは、阿吽の呼吸、二つ目は手の平の返しである。

一つ目の阿吽の呼吸である。技は手で掛けるわけだから、力を手先に流さなければならない。只、力んでも強い力は出ない。呼吸に合わせて出さなければならないが、ただ息を吸ったり吐いたりしても、腹からの力(エネルギー)は、体の前面の裏を流れるので、大きな力にならない。
腹からの力を背中に流すためには、阿吽の呼吸でやらなければならない。吽で天からの気を地に落し、阿でその気を更に地に落すと共に、前鋸筋(胸部の筋肉のうち、胸郭外側面にある胸腕筋のうちの一つ)を収縮させながら、気を腹から上に気を上げると、その気は背中を通り、肩甲骨から腕、手先へと流れるのである。この阿吽の呼吸によって体の背面に気が満ち、力強く美しい背になり、そして大きな力も手先から出るのである。

次に二つ目の手の平の返しである。前回の第694回の「出す時は親指、収める時は小指」で書いたように、この親指を支点とした手の平の返しをつかうのである。手先に気と力を入れ、親指を支点に手の平を返すと、手先の力と気(エネルギー)が背中に集まる。阿吽の呼吸でやれば更なる効果がある。

この親指を支点とした手の平の返しは、合気道では体の表をつかって技を掛けるために大事であるわけだが、お能の世界でも、背中を大事にしていることが分かる。お能の場合は、背筋を伸ばし、背中を大きくどっしりと見せるために特殊な指づかいをしているようである。親指の先端を人差し指の先端につける形をつくるのである。(写真)

手先、指先の微妙なつかい方で、体が変わり、美しい姿になったり、大きな力が出るようになるのは、非常に興味深い。合気道の形稽古での技づかいで研究していく必要があると考える。