ここ数年は自主稽古で稽古仲間と呼吸法を集中的にやっている。お陰で最近、片手取り呼吸法の他、諸手取呼吸法も坐技呼吸法も大分変ってきた。そしてまた呼吸法がつかえるようになった程度、他の技もつかえるようになってきたようである。
有川先生の教えに、「呼吸法が出来る程度にしか技はつかえない」というのがあるが、まさしく有川先生の教えの通りである。
呼吸法は呼吸力養成法であると思って稽古しているが、呼吸力を養成するだけでなく、沢山の大切な事が学べることもわかってきた。例えば、腰腹と手を結び、腰腹で手をつかう事、手と足と腹は陰陽・十字でつかう事の他、手は鉄棒の様につかう事である。
力や気の抜けた手では相手は倒れないし、呼吸力の養成にもならない。
呼吸法の手は鉄棒にならなければならないと考える。その理由が、元大関天竜の和久田三郎氏の話にある。
「昭和14年春 日本の武道大家を中国に招聘しての模範試合の時、
元大関天竜(和久田三郎)が大先生の演武が慣れ合いでやっていると疑い、大先生の力を試すべく、大先生の腕を掴むことになるのだが、
大先生に、「あんたは力も強いだろう。力も何もいれてないから何をしてもいい。やって御覧なさい」といわれたのです。
私(和久田三郎氏)は「このじじい何をいっている」と思い、手をつかんだのですが、途端ハッと思いましたね。まるで鉄棒をつかんだような感じだったのです。
でもそのまま下がるわけにはいかず、とにかくねじ上げてみようと、グーとやったが、ビクともしない。それで両手を使って力一杯やろうとしたのですが、それをうまくドーンと使われてひっくり返されていた。呼吸投げです。」(『植芝盛平と合気道 ?』(合気ニュース)
最後の「ドーンとひっくり返されていた。呼吸投げです」とあるように、諸手取の呼吸法でひっくり返されたわけであるが、掴んだ大先生の手が鉄棒のようだったといわれているのである。
この鉄棒の手を、呼吸法でつくらなければならないということであるが、鉄棒の手をつくるためにはどうすればいいのかということになる。
大先生のようなしっかりした鉄棒にはならないが、それなりの鉄棒になる手はつくることができると思うし、つくらなければならないだろう。これまで身につけてきた技と法則を駆使し、更に新しい法則を見つけて加えていけばいい。
具体的にどうするかというと、