【第690回】 腹をつかう

「腹をつかう」等という標題はあまりおもしろくないだろう。合気道で技をつかう場合、腹をつかうのは当然であり、敢えて云う事でもないからである。
しかし、敢えてこのタイトルにしたのは、それなりの意味があるからである。つまり、通常での腹をつかう以上の「腹をつかう」という意味、そして真に言葉通りに「腹をつかう」なのである。

相対での形稽古で技を掛け合っていると、相手もどんどん力をつけて来てそれまでのように、容易に技が効かなくなってくるものである。むしろ追い上げる方の進歩は目覚ましいものなので、これまでのやり方をしていれば、いずれ追いつかれてしまう事になる。

これまでは、技を掛ける際は、手先と腹を結び、その結びが切れないように、腹で手をつかって投げたり、抑えていかなければならないと書いてきた。腹の力を手先に集めてつかっていたわけである。相手は通常、また初心者の内は、所謂、腕力でやってくるので、こちらの腹の力には敵わないわけである。

しかし、彼らも腹と結んだ手を、腹をつかってやるようになってくると、お互い、腹の力と腹の力の対等となるから、思うように相手が動いてくれず、技が効かなくなってくることになる。

この状況から脱却するためには、更に力をつけるとか、新たな法則を見つけてつかう等いろいろな方法があるが、今回は、今回の主題である「腹をつかう」ことにする。
ここでの「腹をつかう」とは、腹の重さ、腹からの力をつかうということである。腹の重さ、腹からの力とは体の重さ(体重)である。
体重は下に落ちる力と左右に振り掛かる力がある。
縦に落ちる腹の力をつかう典型的な例は、二教裏(小手回し)であろう。つまり、二教裏は腹の重さで掛けなければ、相手が強かったり頑張れば、なかなか効かないものである。
左右に掛かる腹の力は、すべての形(一教や四方投げ等‥)でつかわれなければならないはずだ。三教でも、四方投げでも、入身投げでも、一教でも、小手返しでも、また、呼吸法でも腹の重さをつかえば、相当な力が出るし、相手が倒れてくれる。

しかし、この「腹をつかう」は誰でもすぐに出来るものではない。このためにもやるべき事を身につけ、それを駆使しなければならないからである。
やるべきこととは、?手先と腹をしっかり結ぶ ?腹で足と手を右左陰陽・十字に、息と共につかう(注) ?息はイクムスビ、または阿吽の呼吸をつかう(注:技をつかう際、体は腹?足?手の順でつかわなければならない)。
この息づかいで、力一杯腹をつかえば、相当の力が出る。

このやるべき事を出来るために、体をつくっておかなければならない。体が一軸になるために、股関節を柔軟にし、腹がその一軸にのるよう、下の足の真上にくるようにし、足先が腹の先に出ないようにしなければならない。
また、腹が十字々々に返るようにしなければならない。坐技で股関節を鍛え、柔軟にするといいし、立ち技でも股関節を柔軟にするために、意識して十字十字に返していけばいいだろう。

このように腹がつかえるようになると、技は腹で掛けているという感じになる。重い力が相手との接点、そして相手にも伝わり、抵抗は無くなるようである。

お相撲さんの太鼓腹は伊達ではない。そのお腹で大きな力を相手に与えているわけである。合気道でもお腹を使わない手はない。技の相対稽古だけでなく、準備運動、柔軟運動でも腹をつかってやるといい。