【第672回】 踵から爪先へ

合気道は形稽古で技を練りながら精進していくが、上級に進むに従って、体のつかい方が繊細になっていかなければならないようだ。
まだ、合気道の形(一教、四方投げ等)で相手を投げたり、抑えたりしている準備段階では、体(手、足、腰など)を、相手を倒すためや抑えるために、がむしゃらにつかっている。そこには体の法則性や理合いがない。
勿論、この準備段階では、体をつくる、体の節々をときほごすための大事な稽古なのである。これを大先生は、「合気道の技の形は体の節々をときほぐすための準備です」(「武産合気」P.37)と言われているのである。

上級に進むとは、この体の節々をときほぐすための準備段階を卒業し、節々がほぐれた体で、法則に則り、理に合った技づかいの稽古に入っていくことであると考える。

準備段階で正面打ちの手を切り下ろす場合、多くの場合は、ただ手を頭上に上げて切り下している。これでは、精々、手が折れ曲がらないようにするとか、相手の力に負けないようにする注意するぐらいだろう。それ故、このような稽古から身に着くものは、腕力、体力、気力などの魄力ということになる。勿論、これは悪い事ではなく大事なことであるから、この稽古もしなければならない。

準備段階を卒業するためには、宇宙の法則を技と体に取り入れていかなければならないと考える。例えば、手足を左右陰陽につかう。手、足、腰を十字につかう。体を円の動きの組み合わせでつかう等‥である。
また、息づかい、イクムスビや阿吽の呼吸も身につけなければならない。阿吽の呼吸から、天の浮橋に立って技と体をつかうのである。天と地とを気と息で結び、天と地の宇宙と一体となって、技と体をつかっていくのである。つまり、準備段階は、相手、敵などの人間相手の稽古段階であり、上級では宇宙相手の稽古ということになるだろう。

さて、正面打ちの手を切り下ろす場合、上級段階ではどのようになるのかを研究してみる事にしよう。
手は腰腹と結び、腰腹で上げる。息、阿吽の呼吸の阿の引く息(火)で上げる。天の浮橋に立った上げ方である。阿で腹から気が地に下り、そして気が地から腹に、腹から胸に上がり、胸から横の肩、手、手先に流れる。息と手は縦、横、縦と十字になる。
後は、吐く息(水)の吽で水の如く、天の浮橋に立って切り落とすのである。

しかし、正面打ちの手を切り上げ・下ろす場合の手のつかい方はこれで完成というわけではない。更に繊細な体のつかい方をしなければならないのである。
手をつかう場合は、手と腰腹を結び、腰腹で手をつかわなければならないが、これだけでは不十分だということが分かってくるのである。手先や剣先に己の体重が十分に掛からないのである。これでは切ることも抑えることも十分できないのである。技の原則は、己の体重をつかうことである。大先生は魄(体)を土台にするといわれるが、この土台の魄とは体重と考えるからである。

手先や剣先に体重を掛けるためには、足を繊細につかわなければならない。
それは体重を踵から爪先に移動することである。
体重を掛けようと手を動かせば、腰腹の結びが切れてしまうから手は動かせない。腰腹と手の結びを切らないで手や剣先で切るためには、踵から爪先への体重移動が不可欠になるわけである。踵から爪先に体重が移動することによって手先や剣先に体重の力が伝わり、切ったり、抑える事ができるようになるのである。
勿論、これも容易にはできないはずである。上級段階だからである。阿吽の呼吸で天の浮橋に立たなければならないからである。しかし、上級段階では挑戦しなければならない。