【第883回】 おのおの万有には使命がある

合気道を60年以上稽古している。それも学校の勉強や務めた仕事よりも一生懸命にやっていると言える。今では学校で勉強することもないし、会社で仕事もしていないが、道場に通って稽古を続けている。金にも名誉にもなるわけではないのに稽古は続いている。
合気道にのめり込む理由を考えてみると、合気道から得るものは、他の何よりも大きかったし、上手くいった時の満足度も違ったからであると思っていた。しかし、理由はこれだけではなくもっと深い所にあることが分かってきたのである。

世の中の人を街中やテレビ画面で見ていると、生きている事ややっていることに満足している人とそうでない人に分かれるようだ。満足しているなと思える典型的なのが親と一緒にいる幼児である。また、お店や現場で嬉々として働いている人、演奏を楽しんでいる音楽家、没頭して描いている画家や書家等である。これに反して、不満にある幼児、俯いて街を歩いている人、不満顔で現場で働く人等々満足していない人も大勢いる。
それでは、満足する、しないの基準は何か、何処にあるのか?ということになる。これを合気道の教えに従って考えたいと思う。

まず、人は好きなことを見つけ、それを好きなようにやっている人が満足しているようだ。その典型的なのが幼児である。また、見つけた好きなことを追求している人も満足しているようだ。好きな仕事、やりたい仕事をみつけ、それをやっている人である。スポーツ選手、音楽家や科学者、画家や工芸家が目につくが、これは千差万別である。自分には考えられないような事に夢中になっている人もいる事に時々驚かされる。例えば、魚のことなら何でも知っていたり、昆虫に熱中したり、魚や昆虫でもその中の或る種の専門家だったりである。極端に言えば、どんなことにも熱中する専門家がいるようである。言うなれば、世の中は、それぞれやりたい事、やるべき事をやっている人たちで成り立っているように見える。しかし、残念ながらそれをまだ見つけられないかやれない人も多いようだ。

人は誰でも満足して生きたいと望んでいるはずである。そのために、好きなことを見つけ、それをやっていくことになるわけである。これは一つの法則だと思う。これを合気道では使命という。己に与えられた己のやるべき事ということである。つまり、この使命を果たすことができれば満足できるということであり、使命を模索することや挑戦することも使命に属するので、満足することになるわけである。
人は、己の使命を果たしたいという本能を持っているように思える。

合気道は、己に与えられた使命を成し遂げる方法であると、次のように教えている。
「真空の気と、空の気を性と技とに結び合いて、錬磨し技の上に科学しながら、神変万化の技を生み出すのであります。そして錬磨するのが武産の合気であります。と同時に、皆さんのこの世の自己に与えられた使命は悉くこの方法によってとげられることになっているのです。つまりアウンの気、天地、ものの気が全部自分の腹中に胎蔵され、自分がその気によって、ものをなしていくのである。」(武産合気P.66)
つまり、合気道の技の錬磨によって己の使命を悟るということである。戦前、大先生のもとに合気道や武道に直接関係のない、多くの各界の著名人達が集まられたが、集まられた理由の一つがこれであったのだろうと思っている。

合気道では次のような使命があると教えている。(イタリック体は我コメント)
天の使命:宇宙人としてやるべきこと。
・魄をもったことは天からの使命を持たされたことなので、身体を持った人には天から使命が与えられているということである。
大神の使命:大神の使命の受霊をもって、世に立たして使命の上に振い立つ時は、神がその身に仕組みしてゆくのであります。
・使命に奮闘すれば大神が助けてくれるということだろう。
武の使命:武人としてやるべきこと;全大宇宙の無限の発展完成のために、武、即ち戈(ほこ)の争いを止めさせるのが真の武人。武道家(真の武人)は宇宙より課された、この有意義な大使命を果たすことにより、宇宙を和と統一に結ぶことができる。
・合気道家は武人として、宇宙発展完成のために争いを興させないという使命があるということである。
合気道の使命:宇大を淨め、清い清い世界の楽土建設のため、宇宙建国精神へのご奉仕。大神の御心にかなう御経綸の武を生むのが合気の使命であります。人間は、汚れけがれを淨め祓い、そしてその人その人の天授の使命を完うさせていくのが合気道。
・合気道にも使命がある。宇宙・地上楽土の建設と各人に与えられた使命を完性させて上げることである。
大先生の使命:「この道(合気道)は万有万神の道筋を明らかにせねばならない。それには与えられた使命を果たせばよいのです。私の使命はみそぎの技より他にない。」(武産合気P.86)
・大先生、つまり合気道の使命は「みそぎ」であるということである。
己の使命:自分自身のやるべき事・やりたい事、よく自分を知るということが自分に課せられた天の使命であります。自己の使命に与えられたる宇宙の使命に打ち勝つことである。自己に与えられた使命が果たせるために禊ぎである真の合気(武産合気)が必要。
・自分自身のやるべき事・やりたい事、よく自分を知るという事が使命であり、そしてその宇宙からの使命に打ち勝つことも使命であるということである。そのために真の合気道が必要なのである。
おのおのの万有の使命:万有の生命宿命を通じ、おのおのの万有の使命を達成せしむべく万有に呼吸を与え、愛護する精神を合気とはいうなり。
・万有万物には使命があるということである。

上記にあるように、万有万物には使命がある。また、人の置かれる立場や環境によって使命は加重される。例えば、自分を考えれば、宇宙人であるから天の使命を持たされているし、大神の使命も持たされている。更に武人としての武の使命、合気道家としての合気道と大先生からの使命、そして人としての己の使命とおのおのの万有の使命である。大変な使命を負っていることになる。が、よく考えて見れば使命は一つのようにも思える。これらの使命はみな同じだということである。宇宙は小さな人間にそれほどの負担など課すはずがない。