【第863回】 木刀一振りにも宇宙の精妙を悉く吸収

大先生は我々が稽古をしていた道場に入られ、正座をした我々の前で木刀を持って、その木刀に宇宙が吸収されているといわれていた。大先生の剣は正に神業であったので、その木刀も並ではないとは思ったが、その木刀に月も太陽も星も見えないので、その木刀が宇宙であるということは分からなかった。また、これを理解出来なかったのは、初心者の私だけでなく、周りにいた先輩方も分かったような顔付でなかったので、先輩に聞くこともしなかった。大先生が云われることはほとんどの稽古人には分からないと思っていたので分からないままにしていた。

最近、この大先生の「木刀に宇宙が吸収されている」の言葉とその時のお姿が思い出されるとともに、その言の意味することが分かってきたようである。これまで魄の稽古から魂の稽古へのふりかえをしてきたお蔭のようだ。手や体の徒手が魄の力から魂の力でつかおうとする次元の稽古に入ったからだと思う。

手に持つ木刀は手の延長であり、手の一部であるから己の体ということになる。体は宇宙の営みに則ってつかうから、木刀は宇宙の妙精を吸収することになる。宇宙の妙精とは、宇宙の意志と営みであろう。一霊四魂三元八力である。幸魂、和魂、荒魂、奇魂(□、○、△); 気流・柔・剛; 動/静、解/疑、強/弱、合/分等である。そしてこれから陰陽、十字等の働きが起こり、それが真善美の姿で現れるのだと思う。

これで手や体をつかい、技をつかってきたわけだが、これを木刀でやるということである。手と体がうまくつかえるようになれば、それ相応に木刀、剣もつかえるはずである。手が上手くつかえなければ、木刀、剣もつかえないということでもある。故に、徒手がどの程度のレベルなのか木刀の一振りで分かるし、木刀の一振りで徒手のレベルも分かることになる。ということは、木刀の振りと徒手でのレベルは相関関係にあることになり、木刀の振りのレベルを上げるためには徒手での体づかい、技づかいのレベルアップが必要だし、徒手でのレベルアップは木刀のレベルアップが必要ということになるわけである。

徒手も木刀も合気道であり、合気道を体得するには、共に宇宙との同化が必要なのである。これを大先生は、「合気道の体得をしたならば、宇宙の条理が分かり、また、自己を知り、分ってくる。例えば、剣一本動かすにも自己が全部入り、宇宙と同化している。」と教えておられるのだと思う。
故に、「木刀一振りにも宇宙の精妙を悉く吸収される」のである。これで大先生の言がようやく分かったようである。