【第793回】 伊予の二名島から筑紫島へ

「合気は天の浮橋に立たされて、布斗麻邇(ふとまに)の御霊、この姿を現すのであります。これをことごとく技にあらわさなければならないのであります。これはイザナギ、イザナミの大神、成りあわざるものと成りあまれるものと・・・。」(合気神髄 P.134)と大先生は、布斗麻邇御霊の姿を技に現わさなければならないと教えておられる。その御霊は、天之御中主神御霊、高皇産霊神・神皇産霊神両神合体の御霊、伊邪那岐神の御霊、伊邪那美神の御霊、伊予の二名島、筑紫島、大八島國の七つで、その御姿は、である。
確かに、合気道の技をつかう際、この布斗麻邇御霊の姿、形に即してやらないと上手くいかない。また、剣や杖をつかうに当たっても同じである。

これまでも布斗麻邇御霊での技づかいや息づかいなど研究してきたが、今回は、この御霊の内の伊予の二名島と筑紫島を研究することにする。
何故ならば、からへの移動と変化が非常に大事なことを覚ったからである。これが上手くできないと、真の合気の技にならないし、剣や杖や鍛錬棒も上手くつかえないことが分かったからである。

の御霊の姿を説明する。前にも説明しているので簡単にする。
○は吐く息、□は引く息である。○と□の中の十字は、横の引く息の━と縦の吐く息の|である。は息を吐きながら、腹中に横と縦の息づかいで十字をつくる。これは上記の「イザナギ、イザナミの大神、成りあわざるものと成りあまれるものと・」である。そして腹中の横に引いた━から縦|に息を出すと息(気)が胸に上がり息が自然と胸に満ちて十字のとなる。ここで発生する言葉は、ではウー、そしてではエーとなる。

からへの息づかいは微妙であるので、はじめの内は、意識しないとその違いや変わり方が分からないだろう。
意識するために云うと、の最大の違いは、は吐く息で、主に腹の息づかい。は引く息で、主に胸の息づかいと思ってやればいいだろう。

からへの息づかいで息をつかい、体をつかえば、真の合気の技をつかっているという気持ちと体の喜びを覚える。
また、剣を振るのもこのからでやればいい。天地と結び宇宙に拡がるような雄大な気持ちの剣になるようである。これまでは、腹で振ればいいと、手先と剣を腹に結んで腹で振っていたが、これを腹から胸で振るわけである。更に、一寸重い鍛錬棒もこのから でやれば、自由に、大きく、素早く振れる。