【第890回】 敵を味方にする

また、風邪を引いた。“また”というのは、ほぼ定期的にやってくるのが分かっているし、別に驚きもしないし、恐れもしないという意味である。
定期的と言うのは、毎年、春先の3,4月と冬の初め11、12月頃にくることである。そして驚きもしないし、恐れもしないということは、その兆候や経過状況、そして対処法がわかっているからである。これが長い年月を生きてきたことから身につけた経験と知恵であると思っている。

私の風邪の兆候は空咳から始まる。咳は通常痰や異物を吐きだすためのものだが、咳をしても痰がでて来なくなるのである。痰はあるが、幾ら咳をしても出て来ず、空咳をすることになる。これで、風邪菌がやってきたことが分かるわけである。そしてまた来たかと風邪と挨拶を交わすことになる。
その内に熱が出てくる。体は火照ってきて、体も頭も怠くなる。そして汗が出て来る。はじめは水っぽい汗で、段々と塩気が効いた汗になる。過っては、ここで汗をかき、汗を出し切ったところでで風邪は治っていたが、このためには体力と忍耐がいるので、最近はもっと楽に汗をかくことをやっている。それは後述する。
汗が出て来るようになると、鼻から鼻水が出るようになる。汗と同じように、はじめは水のような鼻水であり、段々と濃度を増してくる。初めの水のような鼻水のときは鼻をかんでもかんでも数秒で出て来る。ティッシュペーパーでは間に合わないから、ハンカチでかむ。ハンカチもすぐにつかえないようになるので取り換える。2,3日すると鼻水の濃度が増してきて、かむ頻度は激減するようになる。しかし、相当な量の鼻水がでるものである。以前は頭の水分だけでなく、脳みそも出てきているのではないかとも心配したこともあったほどである。
そして鼻を何度も何度もかむので鼻の両端がこすれ、赤くなり、痛むようになる。ハンカチが触ってもピリピリするようになるのである。このピリピリの痛みが鼻に出てきたら鼻水は出なくなり、鼻水問題は解決である。この段階で頭の重さはなくなり、風邪気がなくなる。

そして仕上げである。前述の汗をかくことである。頭の風邪菌は鼻水で一掃されたが、身体には身体の水分の中に風邪菌がまだ潜んでいるようなので、その温床を一掃するのである。そのために汗をかくのである。以前はふとんにくるまって汗をかいたが、最近は新たな方法でやっている。
最近の新たな方法は、風呂で読書して汗をかくことである。まず、風呂場を暖房し、湯船にたっぷり湯を張り、その湯につかりながら本を読むのである。何故、本を読むのかというと、一つは、本を読んでいれば長い時間湯につかっていられること。本を読まずに、ただ湯につかって頑張ってもそう長い時間は入っていられないものである。長い時間とは、汗が出る時間ということである。二つ目は、普段なかなか読めないものが読めることである。例えば、ドイツ語の専門雑誌が毎月送られてくるのだが、普段は広げる気にならず、風呂の中で読むことにしている。三つ目は、通常の貴重な時間を費やしてまで読むには惜しい本、例えば、小説などである。例えば、これまで『西遊記』を10巻の内、9巻まで読んだ。

勿論、脱水症状にならないように水をペットボトルに入れて、頻繁に飲むようにしている。お陰で汗の出もいい。
もう一つ、風呂で汗をかくために大事な事は、風呂上りである。汗が止まらずに身体に流れ続けているわけである。洋服を着るわけにもいかない。裸でいれば風邪をぶり返すから、何かを羽織らなければならない。そこで思いついたのはガウンである。西洋人が風呂上りに羽織るガウンである。これは重要事項であるので、いい物を探そうとしたのだが、結局、銀座の高級百貨店でポーランド制のガウンを入手した。日本製のものは、価格は高くないが、小ぶりで、薄地で汗の吸収力はいま一つのようなので、ガウンに歴史と伝統のあるヨーロッパのものにしたわけである。しかし、これは正解であった。よく汗を吸ってくれるし、多少手荒く扱っても問題ないので愛用し続けている。

さて、これまで敵として戦ってきた風邪が味方になってくれるのである。それは風邪が治った時の体調や心地は、風邪を引く以前よりも軽快で気持ちいいものである。風邪が体と心の重苦しさやわだかまりを一掃してくれたわけである。風邪に感謝ということである。この風邪は体に抗体をつくり、抗体と共に体を守ってくれるわけだからである。敵が味方になったということである。
ということで、最近では風邪を引く時の風邪は敵ではなく、はじめから味方、身内と思うようにしているのである。そう思えるようになったせいもあってか、風邪の治りも早まったように思える。これまでの2週間、10日間から1週間、10日間である。
更にもう一つ、風邪を味方にできると、風邪を楽しむことが出来るようになる。鼻水が出ようが、熱が出て体や頭が重かろうが、おお、鼻水が沢山出るわい、体が火照っているわいと楽しめるし、これで頭や体も少し休息が取れるだろうと、風邪への感謝と思いやりも生まれるわけである。
風邪以外の敵も味方にしたいと思っている。