【第780回】 日常生活への合気道
新型コロナウィルスのため一年以上にわたって、それまでの日常生活が制限され人々は不便な生活を送っている。今、三月の中旬であるが、これからどうなるのか、このコロナウィルス感染が何時終息するのか誰も分からないようだ。
私の場合は、有難いことに会社に行って働く必要がないので家中心の生活をしている故にそれほど問題なくやっている。
家に多くいるようになると、これまで忙しかった頃できなかったこと、やろうとしなかったことをいろいろとやるようになるようだ。また、これまでの正常な日常生活では気がつかなかったことに気づくものだ。
コロナのお蔭で、多くの人たちがこの異常な日常をどのように過ごせばいいのか分からずに過ごしているように見えるが、もう一つ、価値基準が変わってきているようにも思える。例えば、これまではお金が最大の価値基準であったが、お金は大事であるが、健康や家庭を壊していいほどの価値はないということである。名声も同じである。特に、若者たちの価値基準は変わってきているようである。その好例は、就職先である。お金も入り、名声を得られる最高の職と言われてきた官庁への就職を敬遠し、外資系のコンサルト企業などに行く傾向が増えてきたのである。
学生や若者だけでなく、世間の価値観も変わってきているように思う。変わったというより、これまでの価値観を疑問に思うようになったと云えよう。
コロナ感染以外でも、最近は地震や津波、強風や大水などの災害も多いし、温暖化現象で自然に異変が起きている等起こっている。いつ地震がきて家屋が破壊され、命を落とすか分からないという不安な状況にあるように思える。
どんなに高価な家屋や車を持っても、一度大きな災害が起こればすべて無に記してしまう事は誰もが知ったはずである。これまでは、立派な家を持つため、いい車を持つために頑張って働き、生活してきたわけであるが、多くの人がこの儚さに気がついたのである。
問題は、これまでの価値観をこれからどう変えていけばいいのかということになる。これまでは、立派な家や車を得るために、いい学校に入って、一生懸命勉強するという方法を親や学校が教えてきて、それを実行すればよかったわけだ。
新しい価値観は何か、どんなものがあるのか。どうすればそれを得る事が出来るのか等、学校も職場も親も、誰も教えてくれないはずである。
が、合気道はそれにヒントを与える事が出来るのではないかと考えている。
合気道は武道であるが、合気道を修業することによって、合気道の武術の技を磨くだけでなく、人としての最高の目標に向かい、その目標到達のためにやるべくプロセスを一つ一つ見つけ、履行していくのである。これは人の生き方であり、日常生活でも同じであると考えている。従って、合気道の考えや思想・哲学を日常生活に取り入れる事が、これからの日常生活での新しい価値基準になるはずだと思う次第なのである。
沢山あるが紙面の関係で、その例の幾つかを挙げることにする。
- まず、合気道の修業の目標は、宇宙との一体化である。技の稽古を通して、己の息と体を宇宙の営みにはめ込んでいくのである。この宇宙との一体化は合気道だけではなく、絵描き、僧侶、芸術家等々も目指しているはずである。しかし、日常生活から、一挙に宇宙との一体化は容易ではないだろうから、合気道や絵画・音楽などを通してやればいいだろう。
- 次に、これまでの家や車などに変わるものである。合気道では家や車などを魄といい経済ともいう。心など目に見えないモノを魂という。合気道では経済・魄は必要であるが、これだけでは駄目で、心・魂とバランスが取れなければならないと教えられている。また、願わくば、モノに心を奪われたり乱されることがなく、心でモノ(家、車などの財産)・魄を自由に出来るようにしなければならないとある。
これからの日常生活の新しい価値観は、見えるモノよりも、見えない心が重要になることである。
- コロナ感染下、ほとんどの人はコロナを悪だと決めつけているが、物事は一面だけではなく、必ずその反対側にもう一面あり、陰陽、善悪等と重なり合い、対照しているのである。合気道の陰陽、魂魄の教えである。従って、コロナ禍にもいい面があるはずであるから、日常生活ではそのいい面を見たり、使えばいいだろう。悲観ばかりしていても仕方ない。コロナのお蔭で時間ができたとか、それまで出来なかった事ができたとか、自分を見直してみた等々である。
- 多くの人たちは、今の災害の影響下にあって、何故、自分はここにいて生きているのか、生きようとしているのか、自分が生きることに意味があるのか、そしてどう生きていけばいいのかを考えているのではないだろうか。
合気道では、この世に魄の体を持ったものは、使命があると教えている。故に、万有万物には使命があるということである。災害に遭った人もそうでない人にも、誰にでも使命があるのである。
その使命とは、地上天国建設を生成化育することである。つまり、人も鳥獣虫魚、植物、鉱物までも地上に天国をつくるためにあるということなのである。人はまだこれに気づかず、意識して使命を果たそうとしていないようであるが、人は無意識の内には、地上天国建設の生成化育の使命を果たそうとしている。偉業とか善行というのは、地上天国建設の生成化育に対してのものであり、これに反する行いが犯罪であり罪としているわけである。
日常生活でも地上天国建設のためになるようにすることに意味があることになるし、それが価値基準となるはずである。
- 外出や活動が制限されると、家に閉篭もったり、行動範囲や活動範囲が狭まってしまい、いらいらしたり、不快になるだろう。何故かというと、不自然であるからである。不自然とは、宇宙の営みと反するからであると思う。宇宙は拡張しているから人も変わらなければ満足出来ないのである。真から人が喜びを感じ、満足感を味わうのは、自分が変わった時であろう。今まで出来なかった事が出来たり、分からなかった事が分かったり、新しい事を身に付けたりして自分が変わったときである。
合気道での喜びも自分が変わった時であるので、変わるべく修業しているのである。それではどう、何が変わる事なのかというと、合気道ではそのため、「真善美の探究」「合気道は、気育、徳育、体育、常識の涵養」と教えられている。日常生活に於いてもこの「真善美の探究」「気育、徳育、体育、常識の涵養」を心がけていけば、自分が変わって行くし、満足した過ごし方が出来るだろうと考える。
- まだまだあるが、最後にもう一つだけ書く。プロセスが大事であるということである。近年、商売をするにも、金を稼ぐにも、誤魔化したり、嘘を言ったり、ズルや悪を行うニュースを多く聞く。儲けるという目的のために近道や抜け道をするわけである。
合気道でも相手を投げればいい、抑えればいいと技をつかい勝ちであるが、正道を行かなければならない。正道とは、真の目標に向かって、そこへたどり着くためのやるべき事を一つ一つ履行していくことである。つまり、プロセスを大事にする事である。プロセスをしっかりやれば、いい結果が出るわけである。
この他、合気道には日常生活に役立つ多くの知恵があるが、機会があれば書いて見たいと思う。
Sasaki Aikido Institute © 2006-
▲