【第759回】 半身はんみ向身むこうみ一重身ひとえみ

合気道での相手に対する身構えは半身である。しかし、半身々々と言うわりには明確ではないように見える。身構えの姿にしろ、考え方にしろ、技へのつかい方にしろ、これぞ半身であると示すことが出来ていないように見える。
何故このような事を言うかというと、過って、これぞ半身というものを見て来ているからである。大先生は無論の事、有川先生の半身はまさしくこれぞ半身であるを示して下さっていた。それに何とか近づきたいと願うからである。下に半身の姿の写真を示す。これでイメージが湧くだろう。

半身を知り、身に付けるためには、半身とはどういうものなのかの定義し、半身のメリット、半身に相対するものの有無と違い等を研究するのがいいと考える。
先ず、半身の一般的な定義である。
“半身とは”、相手に正対しながらも片側の肩を引いた状態とある。しかし、これだけでは分かり難い。分かり易くするために、半身と相対する身構えを見てみる。向身と一重身がある。
“向身とは”、正対姿勢。お腹を正面に向ける姿勢。
“一重身のとは”、相手に対して完全に横向きになる姿勢
とある。
更に、合気道での半身は、自然体から足を半歩出し、前後の足底が90度の十字になり(撞木)、そして姿勢は三角体の正三角四面体である。(『合気道技法』P.42) 合気道の基本的構えの教えである“心をまるく体三面に開く”の三面でもある。

ここから分かることは、半身と向身が似ていて混同しやすい事である。但し、合気道では半身が基本であって向身は普通つかわないので比較は難しい。それ故、他の武道の姿勢が向身であるのかどうなのか、もし向身であれがそれと比較すればいいだろう。
先ず、合気道の半身を見てみる。お腹と顔は正対するが、両肩は正面に対して45度ほど引いている。また、前後の足は撞木足である。また、素手の徒手でも剣・杖でも半身にならなければならないということである。その好例を示す。
次に向身である。古武道・柔術の構えは、お腹と両肩が相手と正対し、足は八の字開きであるようだ。
近代剣道の場合、お腹と両肩が相手と正対し、前後の足は撞木ではなく平行。
また、古流の剣でも両肩は正対で、前後の両足は平行である。
合気道の技を半身と向身で掛けてみてどう違うのかということである。
先ず、姿勢であるが、向身はお腹が正面を向き、両肩も相手と正面に並行に対するわけだが、そのために前後の足は撞木ではなく平行になり、左右に足を開けば八の字になるだろう。この姿勢をとることは半身に比べると容易であると思う。合気道で技をつかう際、半身を意識しなければ、楽な方の向身になるようだ。

次に、向身の特徴である。向身で正面打ちや片手取りの攻撃を捌いた場合、お腹を正面に向け、相手と正対することになるから、①相手と体と気持ちがぶつかることになる。相手の体力や気力が強ければ動けなくなる。従って、魄力をつけなければならないことになるだろう。因みに、合気道では相手を見る事は厳禁であるから、向身はつかわない方がいいということになる。②動きの方向が制限されると見る。剣道の場合は前後左右は素早く動きやすいが、合気道での入身のような三角の動きは難しいはずである。

半身に比べてのメリットもあるはずである。だから向身の剣術や体術が受け継がれているわけである。
剣道の場合、①前後左右の動きは素早くできる。剣道は早さを重視しているようなので、向身の構えや態勢が合っていると考える。②半身に比べても容易に、誰でもできる構えであると思う。
体術の場合、①大きな力の腕力や体力が発揮できると考える。剛の魄力や体力をつけるにはいいようだ。②技(形)をがっちりと身に付けていくことが出来るのではないかと思う。③気力も充実し、剛の気力も養われると思う。
④半身より容易に向身の態勢がとりやすい。だから、合気道の初心者は半身ではなく向身の構えになってしまうと見ている。

更に、相手に対して完全に横向きになる姿勢の一重身であるが、最近の合気道ではあまりつかわなくなったようである。50年ほど前に私が入門した頃は、一重身をつかうような技を稽古していたが、今ではほとんどやっていないようだ。
一重身をもう少し簡単に定義すると、両肩と腹が平行になっている姿勢・態勢といっていいだろう。その典型的なものは槍づかい(写真1)であろう。また、短刀づかいも一重身が有効である。短刀・手先が最も遠くまで伸びるからである(写真2)。大先生は、短刀等の得物がなくとも徒手でも一重身をつかわれておられた。また、大先生は短刀の代わりに扇子をつかわれて一重身での技や動きをよく見せて下さった。(下図参照)
最後に、90歳になられてまだ合気道を指導されておられる先生がおられる多田宏先生9段の一重身である。先生の技は非常にパワフルでダイナミックであり、他の先生方と非常に違った技づかい、体づかいをされると思っていたが、今回の三身(半身、向身、一重身)を研究していて、その理由が一寸分かったと思う。それは、一言で云わせて頂けば、一重身を駆使されておられることだと拝察する。その幾つかの写真を見つけたので示す。
一重身はやってみるとわかるが、非常に気力や体力や呼吸力が要る。だから多田先生のような、そのような力が充実していないと難しいように思える。が、勿論、研究し、技の錬磨に取り入れなければならないと思っている。
また、半身を身に着けるためにも向身も一重身も出来るようにしなければいけないだろう。道場での相対稽古でも、また、杖や剣の素振りでもやってみることである。さらにやろうと思えば、船こぎ運動等でもできる。