【第736回】 食触職(しょく、しょく、しょく)

80歳に後一年となった。後期高齢者というところである。年を取ると若い頃とはいろいろ違ってくる。一つは物欲がどんどんなくなってくる事。欲しいものがどんどんなくなってくるし、興味が無くなってくる。それも自分だけではなく、人の所有したり、所有しようとしているモノにも興味が無くなってくる。車だの家だとか、名刀とかお宝など貰ったとして、かえって困ってしまうから、お返しするなり、欲しい人に譲ることになるだろう。

二つ目は、気を許すと体重がすぐに減退する。そして減退した体重を元にもどすのが容易ではなくなる。今は、少しでも体重を増やすべく頑張っている。その為に、しっかり食べること、十分に寝る事を心掛けている。

三つ目は、体力の衰えである。ちょっと気を貫くと足腰が即衰える。そしてその回復に時間が掛かるし、努力が要ることである。

四つ目は、生きる張り合いである。しかしお蔭様で、自分の場合は、若い頃以上にその張り合いが増している。自分なりの使命を実感し、それと挑戦しているからである。若い頃、学校や会社に行っている時は、生きる張り合いを実感することはできなかったが、年を取って初めてそれを持つことができたわけである。私の場合、これは年を取る事のいい面であるが、世間一般を見ると、今の高齢者の問題はここにあるように見える。

「徹子の部屋」というテレビ番組を見ていたら、樋口恵子(ひぐち けいこ、1932年5月4日 - )さんという方が出ておられて、高齢になって肉体的、精神的に必要な事は、「三つのショク」であると言われていたのが面白い。
樋口 恵子(ひぐち けいこ、88歳 )さんは、日本の評論家、東京家政大学名誉教授、高齢社会をよくする女性の会理事長で、現役で活躍されている。
彼女は、「5分歩くのも大変で、肉体的にも精神的にもヨタヨタヘロヘロ。私はこれを“ヨタヘロ期”と名付けました。この時期に大切なのは、自分がヨタヘロ期にいることを自覚し、何事にも『エイヤッ!』とかけ声をして取り組むことです」
そして、樋口さんは「ヨタヘロ期」には3つの「ショク」を持つことが大事だと提案されているのである。それが“食”と“触”と“職”である。一言にまとめれば次の様になる。
まずは“食”である。
「ただ食べるだけでなく、おいしく楽しく食べるということ。
次に“触”。
「コミュニケーションをとり合う事」
3つ目が“職”。
「仕事をすること」である。

この3つの「ショク」には、肉体的な面と精神的面への効果があり、非常に有効であると思うが、自分を重ねてみると多少の違いがあるようだ。
先ず、“食”であるが、食べることと食べることを楽しむことは大事である。大家族や仲間とわいわい言いながら食べるのもいいだろうが、私としては毎日、毎回は遠慮したい。偶にはいい。これまで通り、偶にはいろいろな人たちと一緒に食べたいと思う。女房も家族もいないので、基本は一人であるから一人で楽しみながら食事をしていくことになろう。誰に気を使うでもなく、好きに献立を考え、好きなモノを好きに食べる。日本料理だけではなく、海外で生活していた時のものとか、ご馳走して貰ったモノを気分に合わせて食べるのが一番いい。一番大事なのは、三食しっかり食べることである。実はこれが一番の問題である。一番の戦いである。

次の“触”も“食”と同じように、偶に人とコミュニケーションを取るが、基本は一人であるから、他人ではなく、これまで同様、自分自身の中でのコミュニケ―ションを取っていくつもりである。自分とのコミュニケーションは本当に面白い。他人より多彩で奥深いコトを教えてくれるのである。
因みに、偶にしようとする他人とのコミュニケーションには、私の場合は事欠かない。まず、合気道を半世紀以上続けていること、また、外国との仕事を30年以上やっていたことで海外に多くの友人がいるからである。今はメールで容易に連絡を取り合うこともできるし、飛行機で何時でも行き来できる。誕生日には誕生祝のメールを送り合ったり、80歳になった、過ってのドイツの仕事仲間のお祝いに参加したり、元気のなくなったフィンランドの友人に元気づけにいったり、それに毎年、合気道を教えにフランスの友人の道場にいっている等、好きなようにコミュニケーションが取れる。

さて、三つ目の“職”である。樋口さんはまだ現役で働いておられるので、ご自分が元気なのは働いているからであるという事だと思う。しかし、一般の人たちのほとんどは、65歳で“職”から離れて無職になるわけだから、この“職”は当てはまらないはずである。
しかし、私はこの“職”を次の様に考えている。つまり、“職”は通常、働いて何かを生産してお金を稼ぐ事であるが、世の中のために活動、行動することと広く解釈したいと思う。どちらも生産的であるが、前者は物質的な働きであり、お金を得るという見返りを求める“職”である。後者は目には見えないが、社会のため、人類の為になる生産的な働きの“職”であると考える。合気道で云う、地上天国建設のための働きである。天職の“職”でもある。これを私は、小乗の“職”と大乗の“職”と分けてみたいと思う。

一般の高齢者にはこの3つの「ショク」は必要不可欠であるように思う。この内のひとつでも欠ければ、ヨタヘロになってしまうし、そのヨタヘロ期から脱出は不可能だからである。年を取った方の教えは勉強になる。