【第631回】 自分の言葉で

人は誰でも一冊の本は書けるというが、私も一冊、本を出版した。20年前の事である。仕事の関係で機械業界の専門誌の社長と知り合いになり、合気道の話をしていて、武道の知恵がビジネスに役立つと言っていたら、是非、うちの月刊誌にそれを書いてくれと頼まれて書いた文章をまとめたものである。5年に亘って書いてきたので66編に及ぶ。題名は『ビジネスのための武道の知恵』である。

前置きが長くなってしまったが、本題はこれからである。
本部道場で教えておられた有川定輝先生にもこの本をお送りしておいた。私のような未熟な者が書いたものなど読まれないだろうと思っていたところ、いつものように稽古の後、食事にご一緒すると、突然、「本を読んだ」と言われた。続けて、「大先生々々々と言い過ぎだ」、そしてまた「自分の言葉で書いたのはいい」と言われたのである。

この有川先生が云われたことが、これまで頭の片隅に残ってもやもやしていた。つまり有川先生が言われた真意が、言われた時はもちろんのこと、これまで分からなかったのである。そしてここにきてやっと、先生が言われたことが分かってきたのである。

まず、「大先生々々々と言い過ぎだ」が駄目だということであるが、大先生の言葉をつかえば、間違いはないし、安心できるだろうが、これは大先生に責任を負わせており、無責任ではないかということと、更に、そうではなく、大先生の言葉を自分のものにして、自分の言葉で書いて、自ら責任を負わなければならいと言われていたのだと考えるのである。

次に、「自分の言葉で書いたのはいい」であるが、大先生の言葉の引用、つまり、言いすぎた大先生々々々の他は、自分の考え、自分自身の体験等を自分の言葉で書いたことがいいと言われたのだと思う。
ということは、「大先生々々々と言い過ぎだ」と「自分の言葉で書いたのはいい」は、同じことを言われているともいえる。つまり、要は自分の言葉で書けということである。
因みに、有川先生には50年以上教えを受けていたが、この「自分の言葉で書いたのはいい」が、はじめてで最後の褒め言葉であった。

有川先生のこの教えをこれから更に大事にし、大先生の言葉はもちろんのこと、偉人や名人の言葉、更に万有万物の言葉などを、自分の中に一度取り入れ、消化し、そして自分の言葉で、責任を持って出していきたいとあらためて考えている。