【第613回】 日常がこわい

先日、NHKのドキュメンタリー番組で、土佐源氏を一人で長年演じている、88才の坂本長利さんを見た。90才近い高齢に関わらず、全国からお呼びがかかるとう多忙な日々を過ごされており、一回の公演の70分を、一人だけで演じるのである。一人で、何百人もの観客を魅了するのだから、その実力、体力、精力には脱帽である。

坂本さんの公演の準備は用意周到である。坂本さんを支援している全国のボランティアと念入りな舞台づくりをし、70年ほど演じてきているセリフも必ず手書きで書き直し、それを暗記しているのである。
だから、真に迫った演技で観客を魅了するのであろう。

坂本さんの話の中で、興味ある話があった。それは「日常生活が怖い。が、舞台に一歩踏み出せば全然怖くない」である。舞台の前の数日、数時間、数分前まで、上手く出来るかどうか、セリフを忘れたり、飛ばしたりしないか、公演が上手くいくかなどの心配があるが、舞台に上がってしまえば、それらの心配はなくなってしまうということなのである。

恐らく、優れた役者、一流の選手などは、坂本さんと同じく、舞台や試合の前が怖く、しかしいったん舞台や試合場に踏み入れれば、全然怖くなくなるのではないだろうか。
自分の些細なスポーツの経験からも、本当に勝とうとすれば、毎日、いろいろ考えたり、悩んだりして、夜もよく眠れないが、そのような苦労があると、結果はいいものになった。逆に、試合の前の晩にぐっすり眠れたときは、絶対に負けたものだ。

坂本さんの「日常が怖い」の話を、大先生に当てはめてみる。勿論、大先生は舞台での演武に怖いとか、心配したことはなかったはずである。が、演武で舞台に上がった大先生と、上がる前の大先生は大いに違っていたと記憶するのである。舞台に上がられる前の大先生は、自分が出るのはまだかとか、いつ演武ができるのかなど、周囲を困らせたといわれているが、舞台に上がられた瞬間に、それまでの問題など微塵も感じられない、超人的な演武をし、観客を魅了したのである。

坂本さんと大先生の共通する点は、舞台に上がる前と、舞台に上がった瞬間からががらっと変わってしまう事である。何が変わったのかを合気道的に見ると、要は次元が変わったのである。日常生活から非日常生活へ、現実の世界、見える世界から非現実の世界、見えない世界、幽界に入っていったのだと考える。次元の違う世界に入ったのである。

日常の次元では、人としての悩みが尽きない。これは坂本さんだけではなく、万人が逃げられない事柄である。大先生も日常生活では、特に、最晩年は、食欲、体の衰えや痛みで苦しんでおられた。しかし、その日常の次元から、非日常の次元に入られると、体の痛みも忘れられ、稽古人達の前で、演武をされ、お話をされていたのである。

坂本さんは88才になるが、「肉体的に頑張れなくなってきた。やれるかやれないか分からないが、100才までやりたい」と言われた。
60,70才はまだまだ鼻たれ小僧。怖い日常もしっかり生き、怖さが消えてしまうような次元でも生きていきたいものである。