【第534回】 出会いと運

年を取ってきて、これまでのことをちょっと振り返って見ると、あっという間の時間であったようだが、いろいろな人との出会いがあり、その方たちに楽しませてもらったり、教えを受けた。その結果、今の自分があるのだと思い知らされる。
もし、これまでに出合った方々の一人でも欠けていれば、つまり出会いがなければ、自分の人生は大きく変わっていたはずだと、出合いに心から感謝する。

古希を過ぎるまで、いろいろな出会いがあったわけだが、ここでは合気道関係の出会いに範囲を限定する。

まず、合気道開祖との出会いであるが、当時は、合気道との出会いには感謝したが、開祖である大先生(当時われわれはそうお呼びしていた)との出会いには、失礼ながら当時そう感激していなかったように思う。
大先生との出会いの喜び、有難さを実感するのは、大先生が亡くなってからであり、合気道が少しわかりはじめてきてからである。大先生と数年間、直接、教えを受けたり、お目に掛かれたり、お話を伺う事ができたことが、後になって役立ってくるのである。

今では、開祖との出会いがあったお陰で、合気道を続けることができるだけでなく、自分の人生を楽しく有意義に送ることができていると思っている。「人生とは何か。自分はどこから来てどこへ行くのか。自分は何者なのか。自分は何のために生まれ、何故生きているのか。」等々の問題を解いて下さったのは、大先生の教えである。また、合気道をこれまで続け、そして、さらに体の続く限り続けようと思うのも、大先生のお蔭である。
もしも、合気道との出会い、大先生との出会いがなければ、私の人生は全然違ったものになっていたはずだし、ひどいものになっているはずである。
因みに、女房と出会ったのも、ドイツに行ったのも、仕事も、もとを辿れば、合気道と出会ったお陰なのである。

当時、本部道場には、大先生の他に素晴らしい先生方が師範として教えておられた。これらの先生とも、大先生同様、海外に出るまでの約5年間、教えを受けた。大先生が亡くなると、その先生方の幾人かは、本部を離れられたので、私は運がよかったということになる。

この機会に、そのとき出会うことができた先生とその先生に教わったことで、特に印象に残っているものをいくつか書いてみる。

当時、若先生と呼ばれていた「植芝吉祥丸」先生は、全身全霊で合気道のために尽くされておられた。これは当時の私にもわかった。全国に支部道場を増やし、海外にも内弟子を送り込み、大学の合気道部を組織化されたりした。また、合気道の稽古人にも非常に気をつかわれ、私が渡独するときの歓送会や一時帰国したときの歓迎会などにもご出席いただいたのである。
二代目道主には、このように私にさえも気をつかっていただいたし、また、合気道発展への情熱にも感激していた。
合気道と二代目道主への恩返しのつもりで、少しでも合気道のためになるよう修業をしていこうと思っている次第である。

藤平光一先生にもいろいろ教えて頂いた。毎週、火曜日の午後が先生の稽古時間だったと思う。藤平先生の時間は、稽古する技(形)は毎時間、原則ひとつで、一つの形、例えば、正面打ち入身投げを、はじめから最後まで稽古するのである。先生が、稽古人の問題を見つけたり、先生が何かを思いついくと、先生がそれを示し、説明され、それをわれわれ稽古人が稽古するのである。
藤平先生は、柔道出身ということでもあり、腰がすわり、どっしりとしており、腕は太く丸々、体も丸々していたが、筋肉は柔軟であった。動きは軽く、たまに日本舞踊の踊りの形を披露され、合気道の動きを説明されていたのが目に浮かぶ。
先生は「気」を大事にされて、よく親指と人差し指で円をつくったり、腕を差し出して、そこに気を流せば、引っ張られても押されても崩れないが、気を入れないと崩れてしまうと示された。また、気を入れると体は持ち上がらいが、気を入れないと容易に持ち上げられると、実際にみんなにやらせて教えておられた。「気」を大事にされていた先生だった。

斉藤守弘先生は、日曜日と月曜日の朝、教えられていた。先生は、がっちりした稽古をする先生で、ひとつひとつの動きに力がみなぎっていた。転換法でも、呼吸法でも、また、二教でも、はじめから終わりまで盤石な動きと姿勢であり、スキのないものであった。今でも耳に残っている先生の言葉に、三教や呼吸法の腕は「鉄の輪っか」のようにつかえがある。

この先生方の他に、多田宏先生、山口先生、有川定輝先生などにも教えて頂いたが、この先生方には、吉祥丸先生も同じように、ドイツからもどっても教えて頂くことになるので省略する。

このような素晴らしい先生方との出会いは「運」である。ちょっと何かが違っていれば、この出会いはなかった。
他の出会いも同じである。「運」は努力しても巡り合うわけではないし、どんなに才能・能力があっても出会うものではない。

「運」には感謝するほかないだろう。感謝するということは、出会いというだけではなく、出合って学んだこと、教えて貰ったことに感謝することでもある。大先生に出会った、あの先生に出会った、あの人と出会った等では、出会いの意味が半減するし、折角の「運」が悲しむだろう。