【第514回】 柔軟運動

年を取るに従って、体はかたくなってくるものである。世間を見渡し、己自身を見ても、一般的な事実といえよう。しかし、例外的に体が柔らかい高齢者もいる。合気道の道場でも、若者より体の柔らかい高齢の稽古人を見かける。だから、年を取ったら体がかたくなるというのは、絶対的な法則ではないわけである。

高齢でも体が柔らかいのは、体質的な理由と努力があるだろう。生まれながらにして体が柔らかく、そして年を取ってもかたくなりにくい体質の人もいる。これは羨ましいというだけで、自分にとってはどうしようもないことである。

しかし、体を柔らかく、柔軟にすることは、誰にでもできるはずである。ただこれには努力が必要である。加齢による体の硬化に負けない、加齢硬化との競争である。その基本は、柔軟体操である。

体がかたくなるということは、主に筋肉の柔軟性がなくなることである。その結果、関節の可動範囲が狭くなったり、動きが遅くなったり、固まって動かなくなってしまうのであろう。

従って体を柔軟にするためには、体の各関節が柔軟に動くようにすることであろう。合気道では体のほぼすべての関節をつかう、つまり鍛えるように、技ができているはずなので、正しい技の錬磨をすることによって、関節が柔軟になり、体も柔らかくなるはずである。

しかし相対稽古で技をかけあって稽古すると、どうしても相手を何とかしようと思ってしまい、己の筋肉や関節、体を柔らかくしようという事など忘却の彼方へ行ってしまうものである。だから、一人での柔軟運動を、稽古の前や後にやる必要があることになる。柔軟準備運動、柔軟整理運動である。

柔軟運動(柔軟準備運動、柔軟整理運動)も、ただやればよいということではない。体が柔軟になるようにやらなければならないわけであるが、そのためにはいくつか注意することがある。

まず、体のすべての関節、合気道の場合には技でつかうすべての関節部の柔軟運動をすることである。一か所でも抜かすことがないよう、やらなければならない。例えば、手の関節の場合、手首、肘、肩、肩甲骨(肩周辺筋)、胸鎖関節と10本の指と各指の3つの関節である。足は、足首、膝、股関節、足の10本の指。首も柔軟運動が必要である。特にかたい所は他の箇所以上に鍛錬しなければならない。

これらの柔軟運動は、特に年を取ってきたら基本的に毎日やらなければならないだろう。人間の体は24時間の一日周期で活動しているのである。つまり、一日24時間で一日の老化の硬化が進むと思われるからである。

次に、柔軟運動で大事なことは、息に合わせてやることである。「イクムスビ」に合わせてやるのである。この息に合わせてやれば気持ちよくやれるし、柔軟運動をやっており、その部位が柔軟になっていくという実感が持てるはずである。息に合わせずにやっても、柔軟にはならないし、やる意味がなく、時間と労力のむだであろう。

例えば、開脚で内股を柔軟にする運動の場合には、まず床に腰を下ろし、足を十分開いて、

  1. 息を軽く吐いて上体をちょっと倒す
  2. 上体が止まったところから、息を大きく入れて、上体を最大限地に倒す
  3. 上体が止まったところで息を吐き切り、さらに上体を地に密着させる
初心者やまだ体がかたい人は、上体を倒そうとしても体がつっぱって、地からほど遠いところで止まってしまうだろう。だが、無理をして上体を地に着けようと思わず、この息づかいでできる範囲で柔軟運動を続けていけば、少しずつ地に近づけるようになるはずである。

もちろん開脚だけでなく、手や足や首の柔軟運動も、すべてこの息づかいでやらなければならない。

さらに、柔軟運動で大事なことは、柔軟にする箇所に気持ちを入れることである。その部分が柔軟になるよう力と息と気持ちを入れ、その箇所に柔軟になるよう、これでよいか、どこが駄目なのか、等と対話することである。

この柔軟運動は道場の稽古の前や後だけでなく、自宅でもできるし、会社での休み時間などでもできるだろう。

定期的、規則的な柔軟運動に加え、機会をみつけてやる柔軟運動で、加齢硬化との競争に打ち勝っていきたいものである。