【第302回】 適度な緊張

社会で生産活動をしている間は、社長として使う側であれ、従業員として使われる側であれ、多種多様の問題と戦わなければならず、緊張を強いられることも多いだろう。その緊張の連続からストレスが溜まって、体を壊したり、働けなくなったりする人もあるようだが、緊張はそれほど悪いわけではないはずだ。

緊張するとアドレナリンが分泌し、臨戦態勢になるわけだが、これは人類や動物の生存に必要があって備わった生理であるはずだ。敵に襲われたり、喰われようという時に、緊張せずにアドレナリンが分泌しなければ、やられたり喰われてしまうことになる。緊張は、宇宙生成化育を進める人類や動物の生存に必要なものとして、備わっているはずである。

長年、アドレナリンを多く出しながら働いていると、多くの人にとっては定年が楽しみだろう。定年になったら、何をしようとか、今までできなかったことをやろうとか、外国に行ってみよう等などと考えるようだ。しかし、なんといっても定年で一番期待されていることは、それまでの緊張から逃れられることだろう。毎朝、時間までに起き、通勤電車に乗り、上司の指示に従い、ノルマが課せられ、お客のご機嫌を損なわないようにする等などから逃れることができることではないだろうか。

定年になり、退職すれば、当時のようにアドレナリンにお世話になる必要がなくなる。やるべきこともなくなるし、やりたいことだけをやればいいし、寝たいだけ寝て、食べたい時に食べたいものを食べる等、平和な生活を送るわけである。しかし反面、外に出るのも、人と話すのも億劫になり、家に一人で閉じこもるか、せいぜい犬を連れて近所を散歩するぐらいになってくる。そして、体にカスが溜まって、体が棒や木のように固くなってくる。

緊張しない、緊張を避けると、頭も機能しなくなってくる。なるべく頭を使わないようにするわけだから、人の名前を覚えたり、本を読んだり、物事を考えたりすることを拒否することになる。これが高じると、ボケることにもなるだろう。

定年になり、高齢者になっても、体にも頭にも適度な緊張を与えるのがよいと思う。適当にアドレナリンを出させて、体も頭も緊張させ、生存意欲を持たせ、宇宙生成化育のお役に立たせるのである。ボケて体が動かなくなったら、それはできない。

この緊張は、生産活動をしていた頃の緊張とは大きく違っている。その頃の緊張は、ほとんどが外から与えられた緊張で、いやな負の緊張であったのに対して、高齢者の緊張は、自ら好んでやる正の緊張といえよう。これは、自分で調節できるものである。

何かで読んだ話で、正確には覚えていないが、あるアメリカの大富豪(多分、ロックフェラーだったと思うが)は、自分を常に緊張状態においてビジネスを成功させてきたということで、常に緊張を求めていたが、ある時、湾の上をヘリコプターで飛んでいたとき、突然、緊張したくなり、ヘリコプターから下の海に飛び込んだという。

凡人にはヘリコプターで飛び歩く金もないし、ヘリコプターからダイビングする勇気もないだろうから、もっと適度な緊張がいいだろう。その意味で、合気道は最適だと思う。稽古をやっている限り、体や頭に程度の緊張はあるので、ボケにはなりにくいはずだ。

もちろん緊張が欠けるような稽古をするのでは、その保証はできない。いつも仲良しグループで、なあなあでやっているだけでは、アドレナリンが反乱を起こし、ストライキに入ることになるだろう。知らない相手や強そうな相手と稽古したり、新しい技を試したり、自分に課題を課したりして、緊張するようにしなければならない。ボケてなどいられない。緊張、緊張!!!