【第73回】 摩訶不思議を大切に

合気道の開祖である植芝盛平翁には、信じられないような摩訶不思議な話が多くある。いろいろな本にも書かれているが、われわれ当時の稽古人はその幾つかを直接お聞きすることもできた。そのひとつに、稽古が終わって先輩と道場で車座になって話しているとき、大先生(開祖を当時はそう呼んだ)が外出から戻られて、いつもとちょっと違って些か興奮気味にわれわれのところに来られた。何でも演武会で仕太刀の内弟子が、大先生の頭を力一杯打ってしまったというのだ。後で聞いたが、大きな音がしたそうだ。われわれが大丈夫ですかといいながら大先生の頭を見たが、血は出ていないし、瘤もできていない。すると大先生は「わしの頭は真剣でも切れんのだ。」と言われた。

この演武会の出来事は、書籍などでも紹介されている有名な話であろう。このような信じられないような体験を開祖は沢山されている。有名なものとしては「行水中、突然、全身心がすみきり、そして天地より降りそそぎ湧きのぼる黄金色の光芒につつまれ黄金体に化し、鳥の声が分かった」「弾丸よりも一瞬早く飛来する白い光のツブテを直感し、直覚する梧達を得た」「剣道教士の海軍将校と相対し折り、将校の木刀の太刀筋のことごとくがいちはやく直覚され、戦わずして勝つの理の開眼を得た」「高松宮が大先生を指して『あのじいさんを持ち上げてみろ』といったので、屈強な軍人が4人ぐらい一度にかかったが、ぜんぜん持ち上げられなかった。大先生は『あの時は、天地の神々がそっくりワシの体の中に入ってきて、磐石になって動かなくなった』といった」「相手が前に立つと、相手の跳ね跳んでいる姿が眼前に浮かんで、次の瞬間、自然に身体が動いて、今見たのと同じことが起きた」「厳しい寒さの中、水をはったたらいに入って修行をしていると、にわかに妙な状態になって、ついに"物語する"(神がかりになって、神の言葉が自然に出てくる)ことができるようになってきた」「剣道の羽賀先生が、道場の中をグルグル回りながら歩かれている大先生をいくら打とうとしてもどうしても打てなかった」「太陽を眺めてご覧なさい。まばゆいでしょう。私は少しもまばゆくないから、心ゆくまで太陽が拝める。仲良しになっておる。太陽がそばにきているんです」など。他にもまだまだあるだろう。

普通の人間は多少話を脚色したりオーバーに話し勝ちであるが、大先生くらいになるとその必要はないだろうし、またいつも神様とともに居られたわけなので、少しでも真実でないことを話すことはできなかったはずである。

合気道の稽古人は開祖が言われたことは信じ、研究し、自分もそれに近づくよう努めるようにしなければならないだろう。信じなければ、摩訶不思議をされた開祖の境地に行くことはできないし、近づくことも出来ない。つまり、合気道の上達はないということだろう。