【第557回】  合気道の形稽古の深い意味

合気道は、それほど多くない基本の形を繰り返し々々稽古しながら上達していく武道である。どんなに古い稽古人も、初心者と一緒に、基本の形を稽古するのである。私など半世紀以上稽古をしているので、一つの形(通常、技と云っているが後で説明する)をこれまで何千回、何万回も繰り返して稽古していることになるが、飽きるどころか、まだまだ繰り返して稽古したいし、繰り返さなければならないと思う。

何故、同じ形、すでに覚えた形を何度も稽古するのか、飽きずに続けられるのか、また更に、終わりなく続けようと思うのか。
まず、形に完成はないことである。合気道の形は技で構成され、そして技がその形にならなければならないのである。つまり、形=技ということになる。余談だが、だから合気道の形を技ということもあるし、技を形ということもあるわけであると考える。
だが、形を100%技で満たすのは人には不可能なことである。人にできることは、100%に少しでも近づけることである。だから、形の稽古に終わりがないのである。

次に、合気道の技は、宇宙の営みを形にしたといわれるわけだから、宇宙のように無限である。これを人がすべて身に着けるのも不可能であるから、少しでも多く身に着けることが技の稽古ということになる。これも形稽古、技稽古に終わりがない理由であろう。

以上が合気道の形稽古の基本的な考え方であるが、次に形稽古における深い意味を研究してみることにする。

合気道の修業の目標は、宇宙との一体化である。そのために形稽古を通して、宇宙の営みを形にした技を身に着ける稽古をしているのである。
そのためには、宇宙の営みに合う体をつらなければならないし、そしてその体を宇宙の営みに合った、つまり、宇宙の法則に則ってつかわなければならないのである。

先ず、形稽古で、宇宙の営みに則った体をつくるのである。人の体は小宇宙と云われるから、人体と宇宙とは大いに関連があるはずである。
例えば、宇宙は火と水、縦と横の十字で出來たし、機能する。従って、人の体も縦と横の十字に動くようにしなければならない。手足の指、手首、肘、肩、腰、膝、首などは十字になるよう、引いては円や螺旋で動くように鍛えなければならない。
これを形稽古でやっていくのである。技を掛ける際に、意識してそこの部位を鍛えたり、受けで相手に鍛えて貰うのもいい。

自分の体の部位を十字に鍛えるのは、自分一人での自主稽古でもできるし、やるべきであるが、初心者には形稽古で鍛える方が容易なはずである。

次に宇宙の法則に則った体のつかい方を形稽古で身に着けるわけである。これまで書いてきたように、陰陽、十字、螺旋、△○□、一霊四魂三元八力などで体と心をつかうのである。

このような宇宙の法則を見つけ、身に着けられるのは、合気道の形稽古しかないだろう。
合気道の形稽古には深い意味があるのである。30年や50年で会得しつくせるものではない。だから、基本の形(技)の形稽古をいくらやっても飽きないし、終わりなく続けるのである。