【第178回】 広範な合気道

合気道は武道であるから、本来は格闘技から出てきたものである。少なくとも合気柔術と言っていた頃は、闘うための技であったはずだ。これが、人間を育成する人間対象の合気道となり、さらに宇宙の生成化育のお手伝いをする武産合気に変わってきたわけである。このように短期間で、しかも一代で、三つもの大変革をなしたものは、植芝盛平翁の合気道しかないだろう。

この変革は、時代に即したものというより、時代を先取りしたものであると言えよう。まだまだ殺伐だった時代に柔術から合気道へ、力(魄)の時代に心(魂)を優先すべく、また、人間ではなく神を相手にする武産合気をつくられ、普及させているのである。さらに、この利己主義、功利主義、物質文明の時代に「愛」を説かれているのである。

これだけ劇的な変革をした合気道を創られた開祖は、合気道の技の練磨だけをやっていたわけではない。まずは柔術、剣術、槍術などいろいろな武術を30流も研鑽されたのは勿論のこと、大本教や神道など宗教も研究された。書や道歌の研鑽もされた。その他我々が知らないことを広範にやられていただろう。

写真や本など見ても、晩年は開祖のところに各界の著名人が大勢集まって来ていたのが分かる。華族、軍人、宗教家、学者、伝統芸能家、力士、剣士、スポーツ選手やコーチ等などである。それだけ開祖の合気道は広範であったことになる。一は万に通じ、本物はすべてに通じている、繋がっている、ということであろう。 合気道は、勝った負けたというような技を稽古するだけの単純なことをやっているわけではないはずである。言うならば絶対不敗、つまり隙のない自分を創り上げるべく練磨しているといえよう。このためには、道場での心身の鍛錬だけでなく、道場外でのいろいろな研究と修練も必要である。

まずは自分の体のことを知らなければならないだろう。学問で言えば解剖学や医学の勉強が必要である。また、無駄のない動きをするためには、自分の美的感覚をレベルアップする必要がある。美意識や拍子などのレベルアップを計ることである。それには、優れたものを沢山見なければならないだろう。お能、仕舞い、歌舞伎、バレエ、踊り、絵画、美術品、骨董品などを見ることである。また、コンサート、音楽会、オペラ、演奏会などで音感を鍛えることも大切であろう。

自分の合気道を掘り下げて研究していきたいのなら、本を読み、開祖の映像をみるべきだろう。「合気道」「合気技法」「合気真髄」「武産合気」は合気道家にとっては必読書であるし、開祖のビデオやDVDの映像も必見である。古事記や祝詞の研究も必要であろう。

合気道は広範囲の分野と関係するので、多くの分野の研究が必要であろう。例えば、物理学、天文学、脳科学、深層心理学、医学、解剖学等などである。また逆に、本を読んでも、絵を見ても、人の話を聞いても、合気道に結びつくようにならなければならないだろう。合気道は広範囲であるので、すべてのことと結びつくはずである。そうなれば本を読み、人の話を聞き、いろいろな経験をすることが、自分の合気道と結びつき、自分の合気道を変えていくことになるはずだ。一日生きることが、合気道の精進ともなるはずである。身の回りには精進のための「お助け因子」が沢山控えている。あとは、それを獲得するだけである。

合気道だけに関わっていないで、どんなものにも興味を持ち、異分野のものからも貪欲に吸収して行くことも、合気道の修行には大事ではないだろうか。