【第101回】 "ツボ"を押さえる

合気道の相対稽古で相手を倒すために技をかけるには、まず相手を崩さなければならない。崩すということは、安定している相手の気持ちと体勢のどちらかか、叉はその両方を不安定にすることである。

気持ちを不安定にする一つの方法は仮当(かりあて)である。今の合気道では当身を本当に使うことはしないが、仮当ては使ってもいいし、形(かた)によっては仮当てをしなければ出来ないものもある。例えば、正面打ちや片手取りから「回転投げ」をするために、相手の手を上げて脇を貫けるとき、相手の顔面に仮当てをしないと、相手の脇が空かないのでくぐる事はできない。

それに、仮当てを意識して稽古をすると、合気の身体ができるし、手足の使い方が上手くなり、「わざ」も上手くなる。例えば、「入身投げ」で相手の死角に入るとき、前に進む足と一緒に同じ側の手で相手の脇腹に仮当てをすると、身体が自然に螺旋に動き、入身の体勢が取りやすくなる。

相手の体勢を不安定にする方法の一つに、"ツボ"を押さえる方法がある。特定のツボを押さえると、相手は気が上がったり、乱れてしまい、力が抜け、安定した大勢を保つことができなくなる。かって本部道場で教えておられた有川定輝師範は、技を使うときは"ツボ"を押さえなければならないと言われていた。

合気道は攻撃技ではないので、死活点などのツボを拳で当てたり、掴んで倒したりすることはない。しかし技をかけるには、"ツボ"を押さえないと掛かりにくいものもある。

だが、合気道で"ツボ"というのは、すなわち鍼灸や経絡でいうツボではないのではないか。所謂、肝心要(かんじんかなめ)のポイントという意味ではないかと思う。勿論、多くの場合は合気道のツボは鍼灸のツボとも合致するだろう。

"ツボ"を押さえる典型的な合気道の形は四教であろう。四教はツボを押さえるというより、脈と気の流れを止めてツボを押さえ痺れさせるというものである。相手の手に当たる虎口が、表の場合は経絡でいうところの大陵、内関、間使などの辺りであり、裏の場合は拇指側の骨部の偏歴、温溜などの辺りを強く押し付けると手がしびれ、力が出なくなる。但し、これらの"ツボ"は体表に隠れているので、そのまま押さえてもなかなか効かないものである。このツボを浮き上がらせるには、三教の捻りを使うのがいい。従って、四教は三教がきちんと出来ないと上手くいかないということになる。

小手返しでは、自分の親指が相手の小指と薬指の間の付け根(中渚:ちゅうしょう)に当たっていなければならない。これ以外のところを押さえても、相手を崩すのは難しいだろう。親指の力が弱いと効かない。中渚を圧迫した親指だけで相手の小手を返すような稽古をするとよい。

二教は、合谷に親指が当たっていないと、相手の力が抜けず頑張ってくる。とりわけ胸取りでしっかり掴まれたときは、これが効いていないと技がきかない。相手が、手の甲が見えなくなるほど絞って手のひらを見せるように胸を持ってきた場合には、小手返しのように、親指が中渚に当たっていないと、相手の力が抜けず頑張ってくるものだ。親指に力を出すためには、小指と薬指を締めなければならない。

入身投げなどで自分の手が相手の首とぶつかってしまい、相手がなかなか倒れないことがあるが、頸の横の天窓辺り(つぼの名前がないようである)を腕でちょっと圧するように密着すると(写真)、相手の気が上がり、倒しやすくなる。また、ここを下の手の指でちょっと力を入れて押さえると、そこに痺れがきて、相手は気が上がって不安定になり、投げやすくなる。有川師範がよくやられていた。

四方投げでは、相手の手首の内側のすぐ上(太淵:たいえん)に自分の虎口を当てると、相手の力は抜ける。

一教ははじめにやる形だが、最も難しい形でもある。所謂、極意の形と言えるだろう。難しい理由のひとつは、押さえるべきツボが他の形より多く、そのツボを正確に押さえないと技が効かないところにある。

合気道では技を見せて、このようにやりなさい、このように押さえなさいと教えてくれるだけで、中渚を押さえなさいとか、太淵を押さえるのだなどと、鍼灸のツボの名を使って教えることはしない。

合気道の"ツボ"とは、そこを押さえると、相手の力が抜けたり、不安定にさせるポイントと考えるので、鍼灸や医療用でいうツボと合致するポイントもあるだろうが、多少違うところもあるせいだろう。とはいっても、合気道を修行するものでも、鍼灸でいう「ツボ」を研究すれば「わざ」を深めることもできるのではないか。