【第97回】 稽古は脳を変える

合気道の基本的な稽古は、形(かた)と「わざ」を繰り返し々々稽古するものである。新しい形や奇抜な形や「わざ」を作り出すためではない。どんな習い事でも、ひとは一度見たり、一度やっただけで覚えるものではないし、上手くできるものではない。形と「わざ」は、繰り返しやれば覚えられるし、やればやるほど洗練され、完成度が増してくる。

では、なぜ形や「わざ」を繰り返すことがいいかということになる。まず、合気道に入門した頃を考えると、当時は先生が示してくれた形がどんなもので、どう動けばいいのか全然見えなかったし、すぐにやることは出来なかった。先生の動きを目では追っていても、頭に残らないし、自分で再現できない。これを何回か繰り返し見ていると、だんだんそれが見えてきて、体もそのように動いてくれるようになる。慣れてくると、「その形ができるだろうか」という恐怖や不安が消え、今度はその形を少しでもよくしようと、さらに積極的な稽古をするようになり、今度は「わざ」の練磨に入っていくことが出来るようになる。

基本の形(かた)はだれがやっても同じはずだし、数もそれほど多くないので、基本的な形をひと通り身につけるのはそれほど難しくないといえる。しかし形を有効ならしめる「わざ」は無限にあると言えるし、どれが正しく、どれが正しくないという決まりもないので、自分でその「わざ」を繰り返しやってみて、良し悪しを自分の感覚で判断し、改善していかなければならない。

繰り返すということは、まず使う筋肉や体の部分のカスやコリを取り、動きやすくすることであり、それが出来れば、今度は筋肉をどんどんつけたり、より強靭な体をつくることである。もうひとつ繰り返す意味は、新しい「神経回路」を構築し、または既にある神経回路をよりよく機能するようにすることである。手足や体をつかって形と「わざ」を繰り返し稽古することによって、脳と神経がよりよい回路を構築し、そしてそこをより通りやすくするのである。

脳の半分がない人は、通常半身が機能しないものだが、動かない半身をリハビリで繰り返し動かしていくと、残っている脳と動かない半身が新しい神経回路をつくり、動かない半身を動くようにする。つまり、脳は駄目な神経を避けて、新しい神経回路をつくるというのである。

新しい動きをするためには、神経回路を新しく構築するか、またはすでにある神経回路の通りをよくする必要があるということだろう。リハビリでもそうだが、一度では新しい神経回路はできないし、機能も十分でない。繰り返すことによって、必要なら新しい神経回路を構築し、その機能を高めることになるようだ。

稽古を繰り返すことは、神経回路を構築し、改善することによって脳を変え、発達させることになる。神経回路は、脳が働くための基盤なのである。新しい「わざ」が生まれるためには、脳と結ぶ新しい神経回路が必要になる。精度のいい神経回路が沢山あればあるほど、多くの「わざ」、うまい「わざ」ができることになる。脳の改善にも、合気道の形と「わざ」を繰り返し稽古するのがいいようだ。