【第91回】 広背筋

合気道の形と「わざ」のほとんどは手を使い、手で投げたり、抑えたりするものである。従って手先に力が集まらなければならない。その際、最も大きな力は自分の体重と引力からの反発力である斥力なので、足からの力(エネルギー)を如何に手先まで効率よく伝えるかということが大事になる。

下半身の力を、上腕部、さらに手先に伝える重要な筋肉に、広背筋がある。広背筋は、背中で最も広い範囲に頒布している筋肉であり、最も表層に走る筋肉でもある。僧帽筋と一部つながり、背中と上腕骨をつなぎ、脇の下の腕の骨から背骨中央、骨盤にかけて付着、背中の下半分を覆う筋肉で、後ろから見た時にいわゆる「逆三角形」を形づくっている筋肉である。

この筋肉は、腕を体幹にひきつける働きをし、腕を内転および内旋させ、伸展させる。また、広背筋は運動をするときに、上半身のバランスを保つ役割を担っている。そのため、あらゆるスポーツにおいて重要視される筋肉でもあり、普段から十分にストレッチされていると、俊敏な上半身の動作の実現が期待できるといわれている。

肩関節を内転、内旋させるのは広背筋と大胸筋であるが、大胸筋は肩関節において上腕を屈曲するが、広背筋は肩関節を伸展させるので、この二つの筋肉は協同筋である。

「広背筋」は、一般的に背中全体を指した「背筋群」と考えられており、広背筋のみを鍛える種目というのは存在しないとも言われる。 しかし体操選手、水泳選手、レスリング選手などの広背筋は非常に発達している。もちろん武道家の達人(写真)といわれる人たちの広背筋も発達している。そこには、広背筋を鍛える術があるはずである。

合気道の相対稽古で広背筋を鍛えるためには、相手の腕を切り下ろす一教、相手の手を引き込んで押さえる二教、腕を内旋する四方投げ等を、広背筋を意識してやればよいだろう。また、座技呼吸法、諸手取り呼吸法なども、広背筋を十分使わなければならないので、いい鍛錬法になる。特に、座技呼吸法はこの広背筋を使わないと、上手くできないようである。

もちろん他の形(かた)でも、肩を貫いて手のところの重さを広背筋で感じるようにしてやれば、広背筋の鍛錬になるはずである。一人稽古では、適度に重い物を足許に置いて、上からつかみ、腕の力で持ち上げるのではなく、腕を伸ばしたまま、肩を貫いて腰を起こし、立ち上がることを繰り返してやるといい。同じ運動を武道的にやるなら、重めの鍛錬棒を下段から頭上で出来るだけ大きく旋回させて下段まで振り下ろす。これを左回り、右回りとやるとよい。重いものを振ることにより、腕の内旋、内転、伸展、脇しめなどをしながら、広背筋を鍛えることになる。但し、肩を貫く振り方をしないと、肩を壊すのでよくよく注意しなければならない。