【第90回】 僧帽筋

合気道でも力は必要だし、あった方がいい。力のもとは筋肉であるから、必要な筋肉をつけなければならない。武道の「わざ」は、主に体の表を使うので、体の表の筋肉を鍛えるのがいいということになる。その中に僧帽筋という筋肉がある。僧帽筋は首の後ろの下から脊髄に沿って付着し、肩甲骨の上の端を覆っている大きな筋肉である。(写真)

僧帽筋の筋繊維は、首からは下に走り、その下のは腕に向かって横に走っている。背中からは逆に上に走り、同じように腕の方に向かう。筋繊維が異なった方向に走行しているので、多くの動作が可能になる。勿論、僧帽筋だけが働くということはなく、他の背筋群と連動して動く。

合気道で形稽古をする場合、四方投げでも入身投げでも、相手と接した瞬間は僧帽筋を他の背筋群と共に締めるが、その後は緩めて(開いて)相手を動かし、そして最後はまた僧帽筋を締めて投げたり抑えたりする。従って僧帽筋は、一つの形(形)で、締め(しめ)、緩め(ゆるめ)、締め(しめ)と少なくとも3度は変わることになる。それ故、締めと緩め(開き)との差が大きければ大きいほど技は効くことになる。だから僧帽筋の鍛錬は、締めの稽古と緩む(開き)稽古の両方をしなければならないことになる。これができないと二教裏(小手回し抑え)などは効きにくいことになる。

僧帽筋を鍛えるのにいい合気道での鍛錬法は、何と言っても諸手取り呼吸法である。一人で出来るようになれば、二人、三人に持たせてやればもっと鍛えられる。しかしこの稽古で注意しなければならないのは、僧帽筋を締める稽古はしやすいが、緩める(開く)稽古は難しいので、始めはそれを意識してやることである。緩める(開く)ためには、持たれた腕を伸ばして真上に上げ、そして脇を開いて肩を抜き、そこで腕を下ろすことである。上げた腕を伸ばしきると僧帽筋の力が手首まで来るが、伸びきらないと肩で力がつかえてしまうことになり、十分な力がでないだけでなく、僧帽筋が固まってしまうことになる。

また、僧帽筋を鍛えるのにいい稽古として、木刀の素振りがある。しかしこの稽古も、注意しないと僧帽筋を締めるだけの稽古になってしまうので、筋肉はつくかもしれないが、固まり緩みが出ないので、鋭くて拍子のいい力は出ない。 僧帽筋に緩みをつけるためには、木刀を真上に十分上げきって振りかぶり、そして脇を開いて打ち下ろす稽古をするといい。上げきったところで僧帽筋が緩むのである。剣を小さく使ってしまうと、初心者には僧帽筋を緩める稽古にはならない。

開祖は鎧のように筋肉をつけておられたから、僧帽筋も人並み以上のものだったはずだ。開祖が晩年、木刀で、小枝を束ねたもの(写真)を屋外で打っているビデオを見ても、小枝を打つときには僧帽筋が締まり、剣が跳ね上がる瞬間、僧帽筋が緩む(開く)ので、僧帽筋を締めて緩める最高の稽古をされていたことがわかる。また剣の上手な先輩は、自動車の古タイヤを木刀で打っていたというが、これも同じ原理で、僧帽筋を締めたり、緩めたりする優れた稽古法である。

ものを打って、その反動を利用しての僧帽筋の締めと緩みの稽古に、空手の巻き藁突き、相撲の鉄砲柱を突っ張る鉄砲などがある。武道では、この僧帽筋の締めと緩み(開き)が大切だということだろう。