【第84回】 腹は腹部ではない

武道では「腹」を大事にする。腹に力を入れろとか、腹を引っこめろ等と使われる。腹は人の体の重要な部位であり、そこを大事に使わなければならないということである。人の体の中心、つまり重力の中心にあるのは腹である。ここは「腹の脳(Gut Brain)ともいわれ医学的にも重要な働きがあるとされている。

「ハラ」は「腹」とも書くが、「肚」とも書き、気力、胆力、度胸、また、度量という意味も持つ。「肚」とは「丹田」とも言われる。丹田とは道家思想では丹薬を練る田であるとし、エネルギー(胆力)をつくる場所とする。「ハラ」とは身体的な体の中心と、気力や胆力の精神的中心を指している。

人の重心は仙骨の2番目辺りなので、そこを腹というのであるから、臍のある腹部を指すのではない。従って、「腹に力を入れる」とは重心に力を入れることであって、「腹(体表面の腹部)に力を入れる」のではない。(図参照)これを間違えて腹部と思い、ここに力を入れても力はでない。合気道の稽古で座技呼吸法などの技をかけるとき、腹部から力を出しても、相手を弾き飛ばす力が多少出るだろうが、呼吸力は出てこない。

稽古で力を出すときこの仙骨のところの「腹」から出さなければならないが、腰投げ、隅落としなどで重心を落とす場合は、この腹を地球の中心にスーと落とせばいい。また街の人ごみで対向者がぶつかりそうになったなら、腹をスーと落とすと、対向者はこちらに気が付いてぶつかるのを避けられる。重心を落とす、つまり腹を落とすと、相手はそれが外から見えなくとも、感じ、そして反応するようだ。

合気道で「わざ」をかけるときは力を使うが、力には自分の重力とその重力が地から戻ってくる抗力がある。この重力と抗力は、ともに重心を落とす、つまり腹を落とすことによって出るものである。また逆に、迅速な動きをしたり、猫足や忍者歩きの足裁きをするために身を浮かす動きをする場合、この「腹」が支点になる。ここがしっかりすれば、他の手足などの末端部位は力が抜けて、素早く動けることになる。

「腹」を腹部と勘違いしないで、重心の「腹」を意識し、「腹」を浮かしたり、落としたり、自由に使えるようにしたいものだ。