【第60回】 踵(かかと)

合気道で技をかけるときには、進むときは踵で、入身で入るときはつま先で進め、と教わった。足の筋肉も前に出て行く筋肉は太腿の裏にあるハムストリングス(大腿裏筋群)であり、前に進むのにブレーキをかけるのが腿の前にある大腿四頭筋である。踵を使えばハムストリングスにつながり前にスムースに進むことが出来る。これをつま先で進めば動きを止めることになる。無理して進もうとすると膝に負担がかかり、膝をいためることになる。膝を痛めてサポーターなどの厄介になっている人の多くは、つま先から進んでいるからであろう。

合気道は柔術とは違うが、柔術との関係は深い。柔術は武芸として考案されたものなので、武士の立ち振る舞いとマッチしていなければならない。合気道においての歩の進め方も、武士と同じでなければならないわけだが、現在では武士はいないので、絵や写真から想像したり、理論立てをし、それを追及するほかない。しかし、有難い事に「お能」が武士の立ち振る舞い、歩きを残しているといわれる。「お能」や「仕舞」は武士にとっての必修であった。「お能」の歩き方は、踵からである。歩きの特長は、足は踵からすり足で出し、腸腰筋(大腰筋と腸骨筋を合わせた総称)を使って、いわゆる「長い足」で歩くことである。

「お能」では、「歩を進める」のではなく、「足を運ぶ」と言うそうだ。確かに、足を進めていては、足も身体も自由に、素早く動くことはできない。身体、腹の下に足をおさめるように、足は腹や腰(腸腰筋)で運ばれるようにした方が動きやすい。歩くときもそうだが、坂道や階段をのぼるときも踵から進むとスムーズに疲れず楽に上がれる。

また、技をかけるとき、例えば、正面打ち一教で相手の打ってくる手と自分の手を結ぶとき、踵が床についたときに相手の手と接触し、接触したらつま先が床につくが、踵からつま先に移動するときの体重が相手の手から身体に加重されるので、重くて気持ちのいいむすびができるのである。もし、つま先から入ればそこで止まってしまい、体重移動もできないのであとは手を振り回す手さばきに頼らざるを得なくなる。

仕事(技をかける場合など)は身体の表を使ってやらなければ効率がよくない。つま先を使えば身体の裏側(腹や胸の面)を使うことになる。表(形、背、腰の面)を使う意味でもつま先でなく、踵を使わなければならない。このことがよく分かるのが「後両手取り」である。」つま先から動くと力が体の裏側にこもり上手くいかないが、踵から動くと、腰や背中から力が出て強力な力が出てくる。踵を意識して、歩いたり、坂道や階段を上ったりし、稽古でも踵を使ってやるようにしたいものだ。