【第514回】　地の引力を取り入れる

合気道は引力の養成である、ともいわれる。相手とくっついたり、相手の心を自己の中に吸収してしまう、肉体的と精神的な引力の錬磨である。

本来ならば、「合気道は相手が向かわない前に、こちらでその心を自己の自由にする、自己の中に吸集してしまう。つまり精神の引力の働きが進むのです。」とあるように、精神的な引力の錬磨もしなければならないわけである。だが、それにはまだまだ修業が必要なので、まずは肉体的な引力の鍛練から研究してみたいと思う。

合気道における引力は相手にくっついてしまう力である。くっついた相手とは結んでしまい、こちらの体の一部、つまりもう一人の自分になる。だから、もう一人の自分である相手の力は抜けることになる。

合気道の相対での形稽古では、技をかけあって技を錬磨するわけだが、もっとも大事なのは最初に相手と触れる瞬間である。つまり、触れた瞬間に相手をくっつけてしまい、相手と結ぶのである。これがなければ、合気の技にはならないし、争いになってしまうことになる。

この相手にくっつく力が引力である、と考える。このくっつく力、結ぶ力が強ければ、引力が強いことになり、強ければ強いほどよいことになる。指一本で相手を抑えたり、制したりできるのは、強力な引力のなせる技である。

誰にでも大小の差はあっても引力はあるはずなので、後はますます強い引力が身につくように錬磨すればよいだけのはずである。

相手を手や指でもくっつけてしまうことができる人間は「宇宙の精妙をことごとく受け止めている引力の持ち主である」（「合気神髄」）からである、と開祖はいわれる。人は引力の持ち主なのである。

次に、さらなる引力を取り入れるにはどうすればよいか、を考えてみることにする。それは自分以外、つまり、地の引力を取り入れていくことである。地の引力を取り入れるとは、地とくっつく、結ぶことであり、地と一体化することである、と考える。

しかし、地と真にくっつくのは容易ではない。地に接している足底（起立、歩行時）、膝・脚（坐り）などが地の引力を取り入れず、弾いてしまう、つまり争ってしまうのである。そうなると、地から引力という力をもらえないのである。

本来、体は地に沈んで、地と一体化しなければならないはずであるが、体と地が別々になり、争ってしまうわけである。それでも、なんとか地の引力を取り入れなければならない。

地の引力を取り入れるためには、息づかいと、ある程度柔軟な体が必要であろう。息づかいは、「イクムスビ」である。これは「イー」と息を吐いて、「クー」で吸って、「ムー」で吐く息である。さらに、初めの稽古の段階では、「クー」で思い切り大きく強く吸うことである。「クー」は「火」の息といわれるものである。それから、「ムー」と静かに吐くのである。「ムー」は「火」の息を消す「水」といわれる。

一般にこの息に合わせて、最後に「ムー」と吐きながら相手を投げたり、抑えたりするのだが、大体は相手に弾かれてしまったり、地の力からの反発があって、技も体もうまく収まらないものである。これは、地との引力が働いていないからである。

地との引力が働くためには、イクムスビの息づかいでの動きにおいて、「クー」と大きく強く息を入れ、「ムー」と吐いてから技をおさめるのである。わかりやすい例として、木刀の素振りがある。息を「クー」と入れながら木刀を振り上げ、そして、「エイ（ムー）」と息を吐き、それから切り落すのである。この時、「エイ」と吐きながら切り下すと、体がかたまったままで、柔軟で迅速な動きができないし、強力な力も出ないものだ。

この息づかいと動作によって、体の真の力が出ると共に、地との一体化を得ることになり、地の引力と結んだ感覚になるだろう。

この感覚は、柔軟運動でも得ることができる。体がある程度柔軟にならないと、引力は身につかないものである。言葉を変えると、引力は体の柔軟さによる、ともいえるだろう。

例えば、左、右、前などの開脚柔軟運動の場合、息を少し吐き、次にできるだけ大きく強く息を入れながら、体を倒していくのである。吸う息が限界にきたところで、今度は静かに息を吐き切る。これで腰や脚裏が相当伸びるはずである。

しかし、ここまではまだ自分の力だけの稽古である。次は、地球の引力の力をお借りしなければならない。そこで、さらに吐き終わったところで、地球の引力に身を任せるつもりで全身の力を抜いて、さらに地に倒すのである。これで、己の体と地との一体化を感じるはずである。

体の柔軟も息づかいであるから、技稽古で体を柔軟にする場合や、柔軟運動の場合にも、この地の引力を取り入れる「イクムスビ」の息づかいでやらなければならないことになる。

地の引力を取り入れることができてくれば、今度は天の気を取り入れていくことができるようになるはずである。開祖は、地の引力によって天の気が下がってくる、と次のようにいわれている。「地の引力によって天の気が下がってきて、即ち明るい天のみいずが地に下りて来て、大地完成、地球人類の平和完成のお手伝いをする時代が来たのです。」（「武産合気）P.32）