【第505回】 腹と腹のつかい方

前回の第504回「腹と天の浮橋」では、腹こそが天の浮橋であり、従って腹は天の浮橋に立ってつかわなければならない、と書いた。今回も、引き続き「腹のつかい方」を書いてみることにする。

腹が天の浮橋であることが自覚できるようになると、新しい発見や古い発見が起きてくるものだ。例えば、下腹が大きく張ってくることがある。確かにそれまでとは違って腹は張ってくるが、メタボではない。なぜなら、腰回りの長さは変わらいからである。

また、腹を中心に息をつかえるようになる。もちろん横の胸式呼吸も大事であることに変わりはないし、この火の呼吸である胸式呼吸が強大であればあるほど、腹に強大な気(エネルギー)が吸収されるのである。これを開祖は「息を吸い込む折には、ただ引くのではなく全部己の腹中に吸収する」、つまり思いきり胸で吸って、腹に収めなければならない、といわれている。

さらに、天の浮橋に立つ腹によって、技をつかえるようになってくる。腹中に満たされた気によって、相手を技で導くのである。これを開祖は「天之浮橋、舞い上がり舞い下がるところの気を動かすことが肝要であります」(合気神髄 p28)といわれていると考える。

技を生むには、言霊の雄たけびが必要である、という。これを開祖は「業の発兆を導く血潮が言霊なり。業の発兆をおこすには、言霊の雄たけびが必要なり、浮橋に立って、言霊の雄たけびをせよとの武神の示しである」といわれている。

言霊とは、声と心と拍子が一致して生まれるものであり、これは腹が天の浮橋に立たなければできないものである。腹が天の浮橋に立ち、息を引いていくと、体(実は腹の気)が地に沈んでいくと同時に、気が昇っていく。この昇っていく気に、手や体の動きを一致させてつかい、そして、腹で息を吐くと、技が飛び出すわけである。

ここで、声と心と拍子からなる雄たけびをするのだが、この雄たけびのタイミングが難しい。合気道での雄たけびとは、言霊である。言霊とはひびき、波動であって、一般的な「雄たけびを上げる」の雄たけびではない。

武道では、エイ、ヤーッ、トーッなどが一般的な雄たけびであるようだ。この雄たけびを、声を出さないでやるのが無声の雄たけびであるが、声が聞こえなくとも、心と拍子に一致していなければならない。

さて、この雄たけびのタイミングである。わかりやすいように、剣の袈裟切りで説明してみることにする。振り上げた剣を袈裟に切り下すのだが、剣と「エイ」の声、また、足と剣と「エイ」の声を同時につかっては駄目である。

息を吸いながら、息を腹中に貫き、体重(の気)を足から地に落とし、そして、腹中に吸収して満ちている気を一気に雄たけびで吐き出し、それから若干遅れて剣を切り下すのである。

かつて本部道場で教えておられた有川定輝師範が、単独徒手での正面打ちや横面打ちの素振りの稽古をされているのを、何度か拝見したことがある。その時、ちょっと不思議に思って拝見したのだが、先生はかけ声こそかけられなかったが、「ハッ」と息を大きく吐かれてから、手を切り下されていたのである。

われわれ稽古人のほとんどは、息を吐きながら切り下していたものだ。先生はそれに対して何も言われなかったが、その時は我々みんなに聞こえるほど大きく「ハアッ」と息を吐かれていた。今思えばちょっと不自然なようであるが、われわれ出来の悪い稽古人に、先生が息づかいのタイミングの重要さを教えようとされていたのではないかと思う。

稽古をやっていくとわかってくるだろうが、腹はいわゆる天の浮橋に立ってつかわなければならない。その腹によって、気を上下自由に動かすことができるようになるのである。まずは、体の気を地に落とすことが肝要である。体の気が地に落ちれば、気が上がってくるから、その気に合わせて剣も手もつかえるようになるのである。

この息づかいと手足のつかい方を明確に見ることができるのは、長い歴史をもつ古武道の柳生新陰流剣術である。足、気合、剣の働きの順序と、若干の微妙なズレのタイミングは、理にかなったすばらしいものである。合気道を稽古する者も、古武道大会などを観て勉強するのがよいだろう。