【第488回】 胸板をあつく

大先生を始め、これまで教わった合気道の先生方の体は、すばらしいの一言につきる。稽古によって鍛え上げてつくられた体であり、また、いかに厳しい修業をされたかを物語る体、ともいえよう。

合気道の稽古をしてできあがる体の特徴の一つに、腕がある。腕が太く、そして丸くなるのである。人の体質によって多少の差はあるが、一般的には修業すればするほど、腕は太く、丸くなるはずである。だから、腕の太さと丸味をみれば、どの程度に稽古しているか、していたのか、はわかるものだ。かつて入門したての頃は、いろいろな先輩がわれわれ新人の腕をつかんで、細いとか、だいぶ太くなったとかいっていた。それで実力や稽古の程度が分かったのだろう。

腕が太く丸くなってくると、骨と肉と表皮にわかれて動くようになる。入門したての頃の腕が細いときは、骨と肉と表皮がくっついて動くので、強く握られると痛いし、技も効かないものである。

合気道の体の特徴をもう一つあげると、胸板であろう。力のある先生の胸板は、厚いのである。その最たるものは、何といっても大先生の胸板であった。お若い時の写真(下)を見ても、まるで着物の下に鎧でも着ているようである。

大先生の直弟子であった先生方も、胸板が厚かった。斎藤守弘先生、藤平光一先生、山口清吾先生、有川定輝先生、多田宏先生、等々である。

大先生には、弟子の胸板が薄いと気に入らなかったようである。かつて斉藤先生の体がまだできあがっていない頃、体が薄っぺらいと注意され、それからは体づくりに努力されたと聞いている。大先生が薄っぺらいといわれたのは、おそらく胸板のことであろう。

胸板が薄っぺらな原因は、息づかいにあると考える。胸板を厚くするのは、息づかいによると思うのである。つまり、開祖をはじめ上記の先生がたの厚い胸板は、息づかいで培われたと考える。そして、合気道の稽古には、そのための稽古があり、それが合気道の特徴にもなり、特徴ある合気道の体ができてくるのであると思う。

合気道では、縦の腹式呼吸と横の胸式呼吸の十字の呼吸がある。特に、横の胸式呼吸での引く息は火であって、大きな力を出す大事な呼吸である。技の大事なところのほとんどは、この胸式呼吸の引く息でやっているのである。

だが、ほとんどの初心者の胸板は薄っぺらである。それは、胸式呼吸で引く息をうまくつかえないからである。だいたいは息を引くところを吐いているし、たとえ息を引いても少量なのである。

胸板を厚くするためには、技をかける時の横の呼吸の際に、胸式呼吸で息を思い切って吸い、できるだけ沢山入れるようにするのである。そして、胸を大きく広げ、超ゆっくりで吸ったり、超速で吸ったりして、胸を柔軟にしていけばよい。

胸式呼吸がうまくつかえるようになり、技を早くも遅くもかけられるようになってくると、胸板は厚くなってくるはずである。また、胸板が厚くなれば、胸式呼吸を正しく使っていることにもなるだろう。そして、合気道の体ができてきていることにもなり、合気道を稽古している証ともなるだろう。