【第359回】 胸を開くために

合気道の稽古で技をかける時、胸を開くことも大事である。胸が閉じていると、力がこもってしまい、力が出せないし、腕も長く使えない。

しかしながら、胸を開くのはそう容易ではないはずだ。やることをやらなければ、胸は開けない。ただ胸を反りかえせば、開くわけではない。そのような胸では体が動いてくれないし、技もかからないはずである。

胸を開くとは、胸鎖関節を開くこと、肩甲骨を開くこと、肋骨を開くこと、であろう。そのためには、背中の菱形筋で左右の鎖骨の真ん中にある胸鎖関節を開き、そしてその菱形筋で肩甲骨を背骨に引き付けて肩甲骨を開き、またその菱形筋を脇の前鋸筋につなげて前鋸筋を開いて、胸を開くのである。

ここでポイントになるのは、胸鎖関節を開くためには菱形筋で開くのであるが、開くための支点があることである。これは、背骨の胸椎の上から3〜4番目の前のあたりである。しかし、この個所は胸鎖関節の真後ろではなく、若干そこより高いところにあるのがおもしろい。

この個所は胸を開くために大事な働きをするだけではなく、他にも大事な働きをする重要な個所のようである。

例えば、先述のように手を長く使う、つまり、手先から肩ではなく、手先から胸鎖関節までの長さに使えるようになる。また、ここに意識と息を入れて菱形筋と結ぶと、菱形筋、前鋸筋、大腰筋、内転筋群と一本につながり、体に力とエネルギーが一本の流れとして流れることになる。四股を踏む際にも、ここを意識するかどうかで安定性が変わるものだ。

相対稽古で技をつかう際にも、ここは重要である。ここに意識を入れて、ここから力を出すようにすると、大きな力、相手を弾かないでくっつけてしまう力が出るようだ。坐技呼吸法でやってみると、分りやすいだろう。

あのカンフーの達人と言われたブルース・リーは、ここを指して、「パンチをするときには、打撃の全体をここに置く」と言ったといわれる。(「能に学ぶ身体技法」ベースボール・マガジン社)

ここを開くことによって、自分の心体のエネルギーを呼び出し、自分の奥深くにあるエネルギーを目覚めさせると、菱形筋と前鋸筋が活性化され、大きな力が出るだろう。

また、ここを開くことによって、呼吸を調整したり、呼吸を楽にしたりすることもできる。この個所をすぼめたり、縮めたりしていては、息、つまり体が固まってしまい、自由に動けなくなる。

呼吸を楽にするためのこの個所の開き方は、背中の菱形筋で肩甲骨を背骨に引き付け、脇の前鋸筋で肩甲骨を開く。そして、その肩甲骨を広げた状態にしたまま、腕を脱力し、肩の力を抜き、その肩からの力が下丹田に落ちるようにして、呼吸したり、動作をするのである。

ここを開く、つまり胸を開くとは、先述のものに加えると、上下四方隔たりがない状態、つまり、「天之浮橋」に立つことだろう。この状態ゆえに、呼吸は楽になり、下半身・地からの力は集まり、大事な筋肉である深層筋(菱形筋、前鋸筋、大腰筋、等)がつながり、相手と結び、天地とも一体化できるようになるだろう。

参考文献  (「能に学ぶ身体技法」ベースボール・マガジン社)