【第352回】 引く息を大切に

人や動物は、息を吸って吐く呼吸をしている。呼吸は、平常のときは気がつかないほど自然にやっている。だが、平常と異なる状況に置かれたり、特別な状況をつくったり、非日常的な仕事をすると、呼吸は変わるし、また、変えなければよい仕事はできない。

技を練磨する合気道は、非日常的な世界である。だから、呼吸、つまり息遣いは、日常的なものとは違わなければならないはずである。日常的な息遣いで技をかけても、技は決まり難いものであり、それでも技を利かせたければ、より強力なパワーをつかわなければならなくなる。

合気道の技の稽古で、うまく技が利かない原因の一つに、まちがった息遣いがある。それは、技をかける時に、息を吐きながら力を込めてやることである。このような息遣いと体の使い方は、日常においては自然で効果的であるが、非日常の世界にある稽古には適さない。

息を吐きながら力を込めると、相手が鍛えられている場合には、弾き飛ばされてしまう。自分の腕が折れ曲がってしまうこともあるだろう。分かりやすい典型的な稽古が「正面打ち一教」である。相手の打ってくる手に接したところから、相手の手を抑えようとしても、うまくいかない原因の一つが、この息を吐きながら力を込めることである。ここで息を吐くと、相手とぶつかることにるので、相手は無意識に反発して、負けじとがんばってくる。すると、自分の腕が折れ曲がって、相手に力が伝わらず、自分に戻ってきてしまう。その上、息を吐いていると、自分の重心が上がってしまい、体が不安定になる。それで、ますます力が出なくなるのである。

では、どうすればよいかと言うと、息を吐くのではなく、吸うのである。ただし、息を吸うというと誤解されやすいので、息を引く、とする。つまり、腹に息を入れるのである。下腹を膨らませて、息を入れ、息を引きながら相手の手を制するのである。

技の稽古においては、引く息が大事である。もちろん、吐く息も大事である。合気道では、息はまるく吐いて、四角に収める、と教えられている。

なぜ引く息(入れる、吸う)が大事かというと、次のように大事な働きがあるからだと考える:

合気道の息遣いは「生産び」(いくむすび)とも言われるから、イと吐いてクと吸ってムと吐いて・・・とやるのだが、このクの引く息を大事にしてみるとよいだろう。