【第331回】 胸をひらく

合気道は基本的に相対稽古で技を練磨していく。相手を倒したり抑えるのが目的ではないが、技をかけたら相手が倒れていなければ、かけた技は未熟ということになる。しかし、技をかけて相手が倒れてくれるのは、そう容易なことではない。実力や稽古年数に相当な差があれば、相手は容易に倒れてくれるだろうが、ほとんどの場合は力や技に大差がないもの同士がやるのだから、容易ではないのである。

この大差のない相手に倒れてもらうためには、いろいろなことが必要になるわけだが、その一つに自分の身体を最大限につかうということがあるだろう。一般的に見て、初心者は上級者とくらべると、つかっている身体の部分が少なく、また身体の一部である末端を使いがちであるといえる。

合気道をはじめた初心者の段階で、技をかけるときに主につかうのは手である。そして、段々と手(手首から先)から腕、さらに上腕をつかうようになる。その次の段階としては、足であり、そして腰腹になるだろう。

腰腹をつかうようになると、手と足が腰腹と結んでつかえるようになる。この段階になると、手先に腰腹の力が伝わるようになるので、相当な力が出るようになる。また、足先からの力が腰腹に集まり、それが腰腹から手足に伝わることになるので、さらに大きな力が出せるようになる。

合気道は魂魄阿吽の呼吸で技を生み出していく、といわれるが、ここまでの段階では、自分の中の魄の呼吸からの力をつかっていることになる。

さらなる力を出していくためには、魄の呼吸を土台にした上で、魂の呼吸で技を出していかなければならないだろう。これまでの呼吸は主に腹、特に下腹でやってきたわけだが、魂魄阿吽の呼吸は、腹とさらに胸をつかってやるのである。下腹と共に胸も膨らんだり縮んだり、つまり開いたり閉じたりすることになる。

胸も腹と同じように、大きく膨らみ小さく縮むが、その落差を大きくするように鍛えなければならないことになる。落差が大きくなれば、力の質も量も変わるし、技の掛りも違ってくるはずである。

相対稽古で胸を開く稽古をしていくのがよいが、よほど意識してやらないと、できないものである。腹での呼吸ができなければ、武道的な胸の呼吸はできないから、胸は開かない。しかし、一般的な女性の胸式呼吸では、武道としてはつかえない。先ずは、腹の呼吸を身につけるべきだろう。

腹での呼吸がある程度できてきたら、胸を開いたり、閉じたりして技をかける稽古をするとよい。手を主体的に動かして技をかけるのではなく、胸を膨らませたり縮めたり(開いたり閉じたり)して、技をかけていくのである。特に、正面打ちや横面打ちで相手を打つ場合、十分に胸を膨らませて縮める鍛錬をするとよい。胸が開く感覚がつかめたら、呼吸法、四方投げでも、それでやってみるとよい。その後は、すべての技(の形)でやるようにするのである。

開祖の鍛錬されたころの胸部は、鎧をつけられたかと思うほど分厚いが、これは魂魄阿吽の呼吸の鍛錬の賜物であると思う。

願わくば、この呼吸のお陰で、いづれ天の呼吸、地の呼吸を頂けるようになり、技に活かせるようになりたいものである。