【第268回】 背中の開閉

合気道の技の練磨に際しては、攻撃してくる相手と異質の力を遣うことが必須である。異質の力とは、例えば、相手が手で掴んできたら、腰腹の力とか胴体の力をつかって、技を掛けるということである。相手の手に対して、こちらも手と同質の力でやれば、必ず争いになる。

合気道では技の練磨をしながら、自分の技の動きや形、そして体を修正改善していかなければならない。そのためには、自分の体を少しでも多く知らなければならない。自分の体の部位が認識できれば、そこを鍛えたり、そこのカスを取ることもできるようになり、技を掛けるに当たってその部位を遣うことができるようになるはずである。つまり、体の部位を多く遣えれば、それだけ技も効くようになるということである。

技を掛ける場合、体の表をつかわないと技は中々効かないものであるが、人はその反対側の裏側を遣いがちである。体の表とは背側であり、裏は胸側であるが、体の裏側、つまり体の前面に力を込めたり、前面の筋肉をつかってしまうのである。このために、力が出なかったり、しまいには体を壊すことになるのである。

その典型的な例が「二教裏(小手回し)」である。体の裏側の胸や手(もっと悪い)でやるので、大した力も出ないから、相手が少しでも頑張ると効かないで、揉み合うことになる。

この「二教裏(小手回し)」で揉み合いをなくしたければ、体の表側となる背中を遣わなければならない。もちろん背中でやれば必ずできるという保証はない。絶対条件ではないが、必要条件という意味である。

背中を遣うといっても、上下左右、十字、螺旋、天地の呼吸などいろいろな遣い方があるが、まずは背中を開いたり閉じたりする「背中の開閉」が重要であろう。つまり、「二教裏(小手回し)」を背中を開いたり閉じたりして掛けるのである。背中が硬ければ、背中は開閉が出来ないので、この部位のカスを取って柔軟にしなければならない。そのためには一教、二教、三教の受けのオサメをきっちりやらなければならない。

下腹に圧をかけると背中が開き、下腹をゆるめると胸が閉じ、背中が丸まる(閉じる)。背中を開閉するのは下腹である、といえるだろう。高齢者だけでなく、現代人は背中を丸めて(閉じて)歩きがちだが、下腹の力が抜けているからだと言えるだろう。これは、現代人はあまり歩かなくなったことにより、下腹に力が入らなくなり、背中が閉じるという現代病であろう。

下腹に力が入るようにすれば姿勢はよくなり、動きやすくなるので、技もつかいやすくなるはずである。

背中が柔軟に開閉するようになれば、その開閉で呼吸できるので、呼吸に合わせて技をかけることになる。胸の開閉も大事だが、背中の方が体の表側になるので、より大きく開閉するし、大きな力が瞬時に出せる。

背中を開いたり閉じるのに最適な稽古法としては、「船漕ぎ運動」(写真)がある。その他、「呼吸法」を背中で呼吸しながらやったり、剣や鍛錬棒をつかってやるのもよいだろうが、すべての技において、背中の開閉を意識して稽古し、少しでも背中が柔軟になるように鍛えるべきであろう。

何もしないままで年を取ると、まず背中にカスがたまってきて背中の開閉がなくなり、背中から固まってくるようだ。背中が硬くなると、歩くのが困難になってくる。背中の衰えが体の老化の始まりと言えるかもしれない。
そうならない為にも「背中の開閉」を稽古し、柔軟な背中にしなければならない。