【第261回】 背 中

日常生活ではほとんど気にしないだろうが、武道では体の表をつかうのが基本である。より強い力がつかえるし、異質の力を出せるのである。それに、体の各部位が効率よく連携して機能する。

武道で体の表側とは背中や腰の側であり、手は肘や小指側、足はハムストリングやアキレス腱側となる。

この表側からの力を、技につかっていかなければならない。二教裏を胸につけてきめるときは、胸ではなく背中でやるようにする方がよい。胸からと、背中からの力には、雲泥の差がある。ちょっと鍛えた人には、胸の力でやっても効かないものである。

背中をつかってやるといっても、初めの内は、背中を前に水平に出すか、または下に落としてきめようとするものだ。胸でやるよりもワンランク上のやり方だが、鍛えたひとを相手では効かない場合が多いだろう。

次のランクのやり方がある。相手の手首を胸につけて、背中で拍子をとるのだが、下にすぐ落とすのではなく、一度上に上げるのである。しかし、ただ上げるのではなく、螺旋で舞い上げるようにするのである。

このために股関節をつかって腰を回すのだが、股関節はほぼ水平にしか回せないので螺旋にはならない。股関節だけでは縦の方向への動きが難しいからだ。

縦方向に螺旋で動かすのは背中である。股関節を緩め腰を回し、それと連動して背中を螺旋でつかうと、接している相手の手首が上がってくるので、上がったところを今度は落とすのである。

落とすときは上げる。落とす前に一度上げなければ陰陽の法則に反することになり、技は効かないことになる。
同じようなことは、「天地投げ」でもよく見かける。天の手が螺旋で上がらないから相手の首にぶつかってしまい、相手に頑張られてしまうのである。 背中を横と縦の螺旋でつかわなければならない。

背中が螺旋でつかえるようになるためには、まずは背中の一番表層にある僧帽筋(図)を柔軟しなければならないだろう。僧帽筋は上中下と三つの筋線維で構成されているので、多くの動作が可能になり、ここが柔軟になれば、脊柱を中心に45度ぐらい横に回転するようになるし、肩は前と上に動き、円くつかうことがことが出来るようになる。

座技の「片手取り四方投げ」で、相手を自分の円に引き込んで投げる場合、相手の手を掴んでいる手は自分の額のところで固定しているので、相手を回すのは腰とこの背中の上部になる。特に、背中をつかうとうまくいく。腰だけでは平面的な円しかできないが、背中をつかうと螺旋の大きな動きになるはずである。

そのためには、背中を柔軟にする鍛錬が必要になる。しかし、背中は僧帽筋だけが大事なのではない。いろいろな筋肉というより、すべての筋肉が関わっているわけだから、名前にこだわらずに、関係あると感じる筋肉を鍛えていくのがよいだろう。鍛えるとは、筋肉に力を加えることと、それに比例して引き伸ばすことである。

資料 「筋肉のしくみ・はたらき事典」