【第252回】 足首のあおり

世の中のものは火と水、縦横の十字で出来上がっているし、十字に遣っていかなければならないようだ。宇宙の法則に則った合気道の技もそうできているから、十字に身体を遣っていかなければならないはずである。

手の遣い方、手の反しだけでなく、足も十字に遣わなければ、いい技にならないだけでなく、身体を傷つけることになる。

合気道の稽古で歩を進めるときは、撞木(しゅもく)足とか網代(あじろ)という十字で足を遣う。この足遣いによって、入り身と転換ができるし、自分の体重の重心移動をしたり、その体重を上手く遣うことができる。この足遣いは重要であるというより、必須であるはずである。

ふだん歩く時でも、また恐らく稽古のときでも、あまり考えないだろうが、人が歩くということは大変なことであるし、ましてや撞木で歩くなど驚愕的なことであるといえよう。人は怪我をしたり、高齢になって歩けなくなったり、または、二足歩行ロボットを製作しようとでもしなければ、歩くことの素晴らしさ、歩をすすめるための身体の遣い方など、考えもしないのではないだろうか。

二足歩行ロボットを製作もせず、高齢も待たず、怪我をせずに歩くことを認識して、うまく歩を進めるための身体の遣い方を自覚できるのは、武道の合気道であると言えよう。

合気道の技の練磨で歩を進めるとき、初めに動く身体の部位は、体の中心の腰腹である。腰腹によって、撞木で進める足の方向や角度を決めるが、まず足先と腹は同じ方向に向かって進み、次に残っている他の足を撞木で進めるが、そのとき腹も撞木に沿って足先と同じ方向を向くことになる。

しかし、この動きをするためには、いろいろな部位、関節、筋肉、靭帯が働いてくれなければならない。足首だけの運動を見てみても、底屈・背屈の可動をする距腿関節(きょたいかんせつ:下腿の下端)などの足関節の他に、全体としてねじれ運動に働き、足の内反と外反を起こす、いわゆる「足のあおり」をする足根骨どうしの連結(足根間関節)の働きが必要になる。(「人体解剖ビジュアル」)

撞木で歩を進める時、まず踵が着地し、体重は踵から小指の下の小指球、小指球から親指の下の拇指球、そしてこの拇指球と踵に重心がのり、この力が次の撞木の方向に進むことになる。

しかし、ここで問題になるのは、撞木で方向を変えようとしても、足底は地に着いたままなので、足首が硬ければ腹を回すことが出来ないままになることである。それを膝や腰で回そうとするから、膝や腰を痛めることになってしまう。そこで今度は、膝や腰に負担をかけないようにと、無意識のうちに腰腹を十字に回すことをせずに、腹を相手に向けたままにしてしまうので、技にならないことになる。

歩を進めた方向と撞木(網代、十字)になるようにするには、足首を柔軟に鍛えなければならない。つまり、距腿関節や足根骨が働くようにするということである。

そのためには、まず技の練磨で、足首を意識して稽古をすることである。本来、合気道の技はそのように出来ているわけだから、稽古を続けていけば足首は柔軟になるはずであるが、うまくいかない場合は、次のような稽古で柔軟性を補強する稽古をするのもよいだろう。

まず、呼吸法をしっかりやることである。片手取りや諸手取り呼吸法を、足首に意識をいれて稽古をするのである。相手を倒すことばかり考えてやると、この稽古にならないから、よほど意識してやらないと身に着かない。

自主稽古や自宅では、四股踏みがよい。四股は、この「足のあおり」がスムースにできないと上手くできないので、四股がうまく踏めれば足のあおりが上手にいくようになり、足首が柔軟に機能していることになるだろう。

また、船漕ぎ運動もよいだろう。地に足底をしっかり着けて、足首が十字に動き、足をあおるように遣う稽古をするのである。

自分の全体重だけでなく、稽古相手の体重まで引き受けなければならない足首であるから、無理な力がかからず、最大の働きをしてもらうためには、足首を大切に遣わせてもらわなければならない。

参考文献 「人体解剖ビジュアル」松村 譲児 医学芸術社