【第241回】 礼と技
昔から、武道は礼にはじまり礼に終わる、といわれている。合気道の稽古でも、礼はその形としてのお辞儀が頻繁におこなわれる。本部道場では道場の玄関からはじまり、玄関正面の開祖のリリーフ、二階の二代目道主のリリーフへの立礼、道場に入る時の座礼、稽古初めの正面への礼、指導者への礼、稽古相手への礼、稽古終了の正面、指導者、稽古相手への礼、道場を退出するときの礼、そして二代目道主と開祖のリリーフと、多くの礼をする。
礼には意味があり、大事である。だから、これまで千数百年続いているのであるが、武道的な礼の意味には、次のようなことがあると考える。
- 挨拶(例、玄関にはいるときや事務所の方へのご挨拶)
- 敬意を表す(例、先輩や師範にお会いした時)
- よろしくお願いします(例、稽古相手に対する礼)
- 感謝(例、鍛えてもらったり、技のポイントを教わったとき)
これらは一般的にいわれていることだろうが、これ以外にも武道的な礼として、私が大事にしていることがある。
一つは、
- 「別次元に入る儀式」(例、開祖や二代目道主への礼、道場の出入りの礼)である。これは以前にも書いたが、合気道の稽古は日常世界と別世界のものである。つまり、日常世界のケから、非日常のハレの世界に入って稽古をしなければならないのである。
日常生活から非日常生活の別次元に入るためには、儀式が必要である。別次元への出入りのための儀式は、地球上のいかなる地域、いつの時代にも必要なことであったし、今後も必要であるはずである。この儀式をしっかりやらなければ、日常生活のケを道場に引っ張り込んで、ハレの次元の稽古ができないことになり、質が高くて密度の濃い稽古はできないことになる。
例えば、会社の仕事、家庭、人とのトラブル、お酒や金銭のことなど引きずってきたら、稽古にはならないということである。それらの世俗的なことを道場に入る時は、外に置いてくるために、礼(お辞儀)をしっかりしなければならないのである。また、道場から退出するときは、世俗に戻るわけだから、ハレからケに戻り、日常に戻っていくのである。戻らないでハレのまま帰宅したり会社にいけば、まわりのひとと波長は合わないだろうし、感覚が日常のものとは狂っているので、事故など起こす危険性もある。
もう一つの武道的礼は、
- 「合気の体をつくり、技として遣える」 というものである。
正しい礼ができなければ、技も上手くできないということであり、礼の形にはめ込んで技を遣えば、技が効くということである。
首だけをちょこんと下げるのではなく、背骨を伸ばして股関節を折り曲げるようにし、手は腹の中心に向かってくるよう遣うのである。このお辞儀の形が技になるのである。
例えば、半身半立の四方投げで相手に手を取らせて技を掛ける場合、相手と結ぶために、また相手に蹴られないために手を下に下ろす場合、丁寧な礼(お辞儀)の形をしないと相手と結べないで、相手に引っ張られたり、相手の手が離れたりする。
また、立ち技であっても、片手を取らせた相手と結んだり、誘う(いざなう)のは礼(お辞儀)の要領であるといえよう。
また、技を掛けて投げる最後の動作も基本的には礼(お辞儀)の形であり、一教の最後の収めも礼(お辞儀)の形であろう。
礼の動作は無駄なく、美しく、そして盤石であるはずだから、技の中に入っていっても何の不思議もないだろう。
武道的な礼に関しては、呼吸が大事である。武道的な呼吸と言えるかもしれない。お辞儀の呼吸も技と同じはずであるから、お辞儀で正しい呼吸をすれば技がうまく遣えるはずである。例えば、お辞儀で頭を下げるときは吸気であり、上げる時も吸気である。そのあいだの頭が止まったところが呼気である。小笠原礼法でもそうであるそうだが、これを逆に呼気でお辞儀をしたりすると、技を掛ける時も吸気のところが呼気になったりしてしまうことになりかねない。
従って、稽古の前に指導者に「お願いします」と礼をする時は、吸気で頭を下げ、止めて「お願します」と言って呼気し、吸気で頭をあげるのである。呼気で頭を下げたら、下げたところで息(エネルギー)がなくなり動きが止まってしまう。そこで攻撃されたりすれば、対処できないだろう。
また、背骨を支える筋肉として、背骨の両側には脊柱起立筋の一対がある。加齢とともに衰えてくるが、これを鍛えるには丁寧なお辞儀が効果的であるという。この脊柱起立筋が衰えれば技もうまく遣えなくなるので、丁寧なお辞儀をしてこの筋肉の衰えを遅らせ、または強化して、技に遣えるようにしていくべきだろう。
礼(お辞儀)の美しい人は、技も素晴らしいといえるようである。開祖をはじめ、師範や先輩を拝見させて頂いた結果、このような結論になるようだ。武道は礼にはじまり礼に終わるとは、実に奥が深いものである。礼(お辞儀)をしっかりし、技に取り入れていきたいものである。
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