【第224回】 腹をつくる

入門してから当分の間は、稽古をしているうちに帯や袴が上にずれ上がってきてしまったものだ。そのうちに下腹ができてくると、帯も袴もしっかり留まるようになってくる。

そして、この頃になると、合気の力がつくようになり、技が少しずつ掛かるようになるもののようだ。だから、腹を見るとその人の実力が分かるということになるだろう。

武道では腹が大事であるといわれるが、合気道でも腹は大事であり、腹をつくっていかなければならないだろう。しかし、腹をつくることが大事であると思っていても、どのようにすればよいのかが中々分からないことが多い。せいぜい腹筋運動で筋肉をつけるぐらいではないだろうか。

腹をつくるとは、いろいろな意味があるだろう。例えば、腹筋をつける、どっしりした腹にする、柔軟な腹にする、頑丈な腹にする、大きな力が出る腹にする等々であろう。このうち、合気道の技の練磨で最も大事だと思われるのは、体の中心である腹からいかに大きな力が出せるかということになるだろう。

真に腹が出来、大きな力が出せた先人、先輩のほとんどは、大先生(開祖)に直接合気道を習い、そして大先生の受身を取った方々といえるのではないだろうか。大先生は弟子たちに腹のつくり方など教えないのに、弟子の腹が出来たのには、その受身に秘密が隠されているのではないかと考えている。その理由のひとつは、幾人かの開祖の受けを取られた弟子の方々が、「大先生に投げられると、身体の中心に力が加わる」と証言していることである。つまり、大先生に投げられるたびに身体の中心の腹に力が入り、腹が出来ていくことになるらしい。だから、大先生の受けを取れば取るほど、腹ができ、強くなるということになる。

これは入門当時、先輩のSさんから聞いた話であるが、S先輩の後から入ってきて内弟子になったCさんが、一か月ほど道場を留守にしたそうである。そして戻ってきた時に驚くほど強くなっていて、歯がたたなかったのが、不思議でしようがないというのである。後で分かったことであるが、Cさんは、大先生に従って一か月ほど地方の道場を回っていたのだった。その間にCさんは大先生の受けを沢山取ったことになり、それで腹に力が加わり、腹ができ、他人が驚くほど強くなったのではないかと思う次第である。

合気道の稽古法は素晴らしい。上の者も下の者も関係なく、平等に交互に技を掛け、受けを取っていくということもあるが、仕手(技を掛ける方)の腹をつくるだけではなく、受けの腹にも力を加えて、受けの腹をつくってやるお手伝いもしているのである。これが、合気道は愛の武道であるということにもなるのだろう。
合気道は、技を掛ける方はもちろん、受ける方も腹をつくることが出来るようにできているようである。

しかし、大先生のように、技を掛けることによって、相手の受けの腹に力が加わるようにすることは、末端を攻めがちな未熟な初心者には難しいだろう。だから、受けを取る上の者が手助けしなければならないことになる。

手助けとは、腹に力が加わるように、相手の技に乗ってやり、導いてやることである。これは、上の者にしかできないことであろう。受けを取りながら、相手の力を自分の腹に導くのである。相手の力を、手先だけで捌かないことである。手先だけで捌くと、相手の腹もつくれないし、自分の腹もつくれない。お互いのために、よい稽古にはならない。

その典型的な悪い例を、坐技呼吸法で多く見かける。受けが相手の手首を上から抑えたり、腰を引いて頑張ったりすることである。

坐技呼吸法で腹をつくろうとするなら、受け方は、まず相手の手首をつかんだならば、それを自分の脇の下に導くことである。そうすれば、相手の力が自分の腹に加わり、腹からの力が出て来るのである。かつて先輩達からは、頑張るならこの状態から頑張れ、と教わった。そうすれば、さらにお互いの腹をつくるよい稽古になる。

合気道の技の練磨を通して腹をつくるには、受身が重要であるようだ。上手な人に投げてもらうのもよいが、下の相手とやる場合でも、自分の腹から力が出るような身体の遣い方をすればよいだろう。二教や三教でも、相手の力を手先の末端だけで捌くのではなく、腹に導き、腹と結び、腹で処理し、腹をつくっていけばよいのではないだろうか。